非連載の特別寄稿論文

前CIA副長官が警告、解放軍の台湾進攻

台湾の蔡英文総統(中央)は、北京による香港での取り締まりを受けて、独立の拡大を推し進めた。(Shutterstock) 台湾の蔡英文総統(中央)は、北京による香港での取り締まりを受けて、独立の拡大を推し進めた。(Shutterstock)

 アメリカ海軍研究所(U.S. Naval Institute)の機関誌『Proceedings』(プラァシィーディィングス=議事録)の2020年8月号に掲載された論文「今までになかった戦争?」(The War that Never Was?)は、大きな反応を引き起こした。

 作者はアメリカ中央情報局(CIA)前副長官のマイケル・モレル(Michael Morell)と元統合参謀本部副議長のジェームズ・ウィンネフェルド(James Winnefeld)である。
 その主張は、中国共産党は来年1月のアメリカ大統領の新旧交代の防備の手薄時期に台湾に侵攻し、アメリカの空母や戦闘機の救援派遣が間に合わず、わずか3日間で台湾を統一し、既成事実を作り出す可能性を指摘した。この時期とは、今年(2020年)11月3日ではアメリカ大統領選挙があり、仮にトランプ大統領が選挙に敗れ、ジョー・バイデンが大統領に就任する場合、大統領の新旧交代時間の2021年1月19日から1月21日までの3日間という短い時間で台湾問題を解決するという。
 論文はアメリカ大統領の新旧交代期間において、アメリカの政策決定は平常時よりも手薄になりやすく、そのために、解放軍は今年の12月中旬に中国軍機が頻繁に台湾海峡の中央線を越えて、台湾の領空区域に接近などアクションを引き起こし、中台間の緊張関係を拡大させる。続く、来年1月に東シナ海で大規模の軍事演習を発動し、この名目で対台湾への軍事行動を隠し、アメリカや近隣国が単なる演習であると、事の重要性に気が付いていないという隙に、直ちに解放軍を台湾海峡に派遣するというシナリオである。
 最初の第1歩に、解放軍は台湾近隣の澎湖、金門、馬祖などの島嶼を奪い取り、海軍の潜水艦を台湾の南部、北部を配置し、航路を封鎖する。同時に、台湾の東部に配置し、海底からアメリカの第七艦隊に奇襲する。また、中国が台湾に潜伏する諜報組織が軍事施設と需要なインフラ施設を破壊し、メディアおよびネット通信を麻痺させるというシナリオである。
 中国は「戦狼外交」(Wolf Warrior Diplomacy)の手法でアメリカや世界諸国に圧力を加え、台湾問題(「台湾は自国の一部分」という主張)に手を伸ばすなと警告する。日本によるアメリカへの軍事支援も中国に対する敵対行為と見なし、これらのアクションによって、アメリカから台湾への救援が間に合わず、最終的に両岸の統一の事実を認めさせるという自分勝手のシナリオである。ちなみに、「戦狼外交」とは2015年と2017年に公開された中国のアクション映画『ウルフ・オブ・ウォー(Wolf Warrior)』シリーズになぞらえた、過激な外交官による中国の好戦的な外交手法である。
 論文では台湾海峡の危機が高まり、アメリカ全土が混乱に陥り、中国はアメリカの大都市の送電網ネットワークを攻撃すると脅かし、アメリカの干渉を警告する。アメリカ政府は遅々として直ちにリスポンスができず、一方では他の国も自身の経済利益に影響するかを心配し、他方ではアメリカの対応を待ち、同じように行動ができない。3日目の1月21日のアメリカ大統領の就任式の後に、中国は既に武力で台湾を統治したという。
 この報道に対し台湾のマスコミは、解放軍の対台湾進攻のシナリオと20数年前に台湾で出版された鄭浪平著の『一九九五閏八月』(商周文化、1995年)のシナリオが似ていると指摘した。この書籍の内容は1995年旧暦8月に解放軍が奇襲で台湾に武力侵攻を予言し、詳しい進攻のプロセスと手法を論じていた。完全に想像の世界のシナリオであり、仮にこの書籍の作戦計画の通りの場合、軍事秘密を漏らした関係者は死刑相当の厳罰の対象になる。
 現在、台湾の国防軍事費は世界第二位の中国よりも遥かに少ないが、国産の天弓ミサイル(防空ミサイル、射程120キロ)、雄風2型(対艦ミサイル、120キロ)、雄風3型(対艦ミサイル、150キロ)、雷霆2000(上陸対抗ミサイル)、万剣巡航ミサイル(150キロ)、雄風2E型巡航ミサイル(600キロ)、雲峰巡航ミサイル(高空巡航、2000キロ)や アメリカからの輸入のパトリオットミサイル(PAC-2、200発)、スティンガーミサイル(AIM-92)などを擁している。台湾の軍事専門家の意見として、台湾が擁する大小のミサイルでは9000枚を超え、これらのミサイルだけでも3週間以上を防衛することができるという。いずれにしても、台湾は「非対称戦争」で中国に対応できると主張していた。
 そのほかに、台湾では第4世代のF-16戦闘機(ファイティング・ファルコン)、ミラージュ2000戦闘機、国産機の経国号やM1A2Tエイブラムス戦車などが領空と海岸線を防御している。要するに、台湾は普段では穏やかな「ハリネズミ」や「ヤマアラシ」のようであるが、敵が攻めてくると、「独針」で敵に抵抗するという「ハリネズミ防衛論」という理念を持っている。また、同軍事専門家は中国の075型強襲揚陸艦は3艘を持ち、1艘当たりに約900人の武装兵士を搭載し、3艘ではわずか2700人の兵士では台湾を占有することができないと指摘していた。

 今年に入り特に5月~8月の数カ月に、中国は沿岸の渤海湾、雷州半島、舟山群島などで軍事演習を頻繁に行い、「遼寧号」と「山東号」の2艘の航空母艦が頻繁に東シナ海、南シナ海や台湾海峡を運航し、J-10、J-11戦闘機なども頻繁に台湾海峡の中間線を超え、武力の恫喝が高まっている。これらの恫喝は上記の解放軍の台湾進攻のアクションを彷彿させている。7月、台湾も中国の恫喝に対抗し、「漢光36号演習」を行い、台湾南部の九鵬基地でミサイル発射演習も行っていた。10月7日、台湾国防省は今年に入り、解放軍軍機は既に217機・回に台湾海峡空域に入り、49機・回の軍機は台湾海峡中間線を超え、台湾側に侵入し、これらの回数は1990年来の最高回数に達した。また、台湾軍機もそれに対応するために、2,972機・回を派遣し、燃料費など空軍の255憶台湾元の予算を使ったという。
 また、アメリカの海軍はロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan, CVN-76)とニミッツ(USS Nimitz, CVN-68)の2艘の航空母艦も同地域に派遣され巡回任務を行った。5月24日にミサイル駆逐艦「デューイ」が人工島の美済(英語名:ミスチーフ)礁から12カイリの海域を航行した。これは南シナ海で中国が造成した人工島の付近を通過する「航行の自由(Freedom of Navigation)」作戦の一環である。また、アメリカと日本、オーストラリア、インドなどと国際共同軍事訓練を行った。要するに、中国が南シナ海の南沙(英語名:スプラトリー)諸島に人工島を造成し、軍事拠点化を進めたことで、周辺地域に緊張が生じた。中国の赤い舌と言われた南シナ海の「九段線」を認めない作戦でもある。
 特に、8月15日~18日に東シナ海などで日米共同訓練を行い、航空自衛隊からはF15戦闘機など20機、米側からはB1戦略爆撃機、最新鋭ステルス戦闘機「F35B」や空中警戒管制機(AWACS)など19機が参加し、東シナ海上空では、防空戦闘訓練を実施した。この期間に、海上自衛隊も護衛艦「すずつき」が東シナ海で、米海軍のミサイル駆逐艦「マスティン」と戦術訓練を実施した。沖縄県南方海域で、護衛艦「いかづち」が空母「ロナルド・レーガン」など米海軍の艦艇と洋上補給などの訓練を行った。今年に入り、中国が尖閣諸島の日本領海への侵入を繰り返すなど、現状変更の試みを一層強化している。アメリカと日本が連携し、中国の挑発行為を行わないように、けん制する狙いがある。

九州産業大学名誉教授 朝元照雄