廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第62回

フランス政府に提出された補完通貨についての報告書

 今回は、去る4月8日にフランス政府に提出された補完通貨の報告書(フランス語)について、その概要をご紹介したいと思います。なお、この報告書はかなり長いもので、要約第1部第2部付録の4つのファイルが別々に公開されていますが、今回は要約と第1部に焦点を当てて紹介したいと思います。

フランス政府の担当者への報告書の提出シーン

フランス政府の担当者への報告書の提出シーン

 また、補完通貨についての詳細は、私の連載の中で以下の記事が参考になると思いますので、こちらもぜひご覧ください。

 フランスの補完通貨事情についてですが、1990年代に英語圏からLETSと呼ばれる補完通貨が導入されたのが始まりで、フランス語ではSELと呼ばれています(SELの全国連合のサイト)。それに加え、2007年からは社会的連帯経済分野の推進を狙ったSOLプロジェクトが発足し、現在はトゥルーズ市のSOLヴィオレットが比較的活発に動いています。時間銀行としては、カナダのケベック州で始まったラコルドリーがフランスでもここ数年普及し始めています。また、SELともSOLプロジェクトとも違う補完通貨の事例も最近は増えています(有名な例としては、アキテーヌ地方のアベイユ(ミツバチという意味)やバスク地方のエウスコ)。これらの補完通貨は全国ネットワークを結成し、年2回のペースで全国会議を行っています。また、フランスでは市民社会がこれら補完通貨を管理するという意識が強く、他国では使われない「市民通貨」という表現が使われることもあります。ちなみに、最近話題のビットコインについては、無国籍かつ匿名の通貨であり、社会的連帯経済の目的と関係がないことから、報告書の対象外としています。

 同報告書は前述の通り2部構成になっており、第2部では補完通貨関係者による各種寄稿文が紹介されていますが、ここでは提言と密接に関連した第1部に焦点を当てます。第1部ではまず補完通貨を分類した上で、世界各地の主な事例が紹介し、補完通貨が社会的紐帯を高める効果を持つことを示したうえで、その法的地位が未確定で、また自治体も無関心である現状を指摘しています。

 また、フランス国内の事例調査として、国内のSEL向けに対して行ったアンケート調査の結果を公開しています。96事例から回答があり、南仏で活動が比較的活発である傾向が示されています。また、フランスでは当初は農村地帯でSELが盛んでしたが、現在は79%が都市部にあり、都市部での浸透が進んでいることが明らかになっています。また、SELは失業率が全国平均よりやや高く、所得中央値が全国平均よりわずかに少ない地域にあり、2008年以降の経済危機を受けてSELが活発化していることが明らかにされています。各団体の平均会員数は74人で、農村部では平均40人、都市部では平均79人です。SELの参加者の多くは高学歴の女性であり、失業者や退職者も多くいますが、貧困に苦しんでいる人はわずかです。また、低予算で(各事例あたりの年間予算の中央値は350ユーロ(約4万8000円))基本的にボランティアにより運営されており、取引されている主な商品やサービスは衣服、植物、書籍、ガーデニング、日曜大工、料理、カーシェアリング、パソコン・語学教室です。

 さらに、それ以外の補完通貨に対してもアンケートを行い、補完通貨を導入済みあるいは導入準備中の37団体から回答を得ました。このうちほとんど(94%)がアソシアシオン(日本のNPOに相当)である一方、通貨金融法で定められた資格を1団体しか取得していないことが明らかになりました。会員数は20人から2700人まで幅がありますが、中央値は150人、平均値は414人です。また、参加商店数も5店舗から500店舗まで幅があり、中央値は55店舗、平均値は86店舗です。通貨流通量は、1600ユーロ(相当、以下略)から24万5000ユーロまで幅があり、中央値は1万1525ユーロ、中央値は2万6139ユーロです。ただ、参加者が若い高学歴の人たちに偏る傾向にある問題があり、また導入時のノウハウがわからなかったり、補完通貨のことを理解していない行政関係者と衝突したりすることが多々ある現状が指摘されています。さらに、紙幣を発行するのか電子通貨にするのか、減価やユーロへの換金性についてはどうするのか、また、換金により入手したユーロをどう使うのかといった問題があります。

 この他、2014年7月31日に可決された社会的連帯経済法(同法に関する日本語での解説はこちら)の第16条(NPOや協同組合など社会的連帯経済の運営団体による補完通貨の運営を合法化)に言及しています。

 しかし、補完通貨の導入の上で、危険がないわけではありません。同報告書では、以下の5つのリスクに言及しています。

  • 補完通貨が突然無価値になるリスク: ユーロなど担保があれば問題なし。
  • 偽札流通のリスク: これは補完通貨のみならず、法定通貨や商品券などにもあるリスク。
  • マネーロンダリングのリスク: これも補完通貨に限らないリスクだが、特にビットコインを使った取引に関してはマネーロンダリングに使われる可能性がある。
  • 脱税のリスク: 基本的に補完通貨建ての取引についても法定通貨建てで取引を行ったものとして計上し、それに応じた所得税や法人税、付加価値税を払う必要がある。一方で、法定通貨と補完通貨の交換自体には税金はかからない。
  • インフレのリスク: 種類によっては存在するが、法定通貨を担保として発行されている種類の補完通貨ではインフレは起きえない(法定通貨自体がインフレしない限り)。

 しかし、これらのリスクは現時点では小さく、それよりも生産者と消費者の距離を縮めたり、社会的紐帯を強化したり、地域社会の経済的回復力が増したりするメリットを強調しています。さらに、市民による交換手段の取り戻しや、地産地消型経済活動の推進にも言及した上で、以下の12分野で提案を行っています。

  1. 既存の事例のフォローアップと評価
  2. 補完通貨の導入ガイドの作成
  3. 補完通貨に関する公の議論の推進
  4. 補完通貨の観測所を発足
  5. 補完通貨を評価する方法を策定および試験
  6. 実現可能性の研究を開始
  7. タイムバンクに関する実践研究を開始
  8. 地域社会による富の監査をサポート
  9. 企業間バーターシステムの試験
  10. 失業者への雇用訓練の提供を目的とした補完通貨モデルの設立
  11. 補完通貨建てでの融資を試験
  12. 二酸化炭素排出権に関連した補完通貨を研究

▲バスク地方の補完通貨エウスコの導入 1周年のニュース(フランス3 アキテーヌ、フランス語)

 補完通貨の実践が法的枠組みの中で正式で認められている国は世界でも少ない点を鑑みると(フランスの他はベネズエラぐらい)、昨年の社会的連帯経済法は世界的に見ても画期的なものだと言えますが、まだまだフランスでも補完通貨の導入サポートの面では十分なサポートが行われているとは言い難い状況にあります。幸いにしてここ数年フランス国内で興味深い事例が生まれつつあり、先行事例の運営者が新規事例の立ち上げに協力する機会が増えていますが、まだまだ補完通貨の導入に必要な専門知識を持つ人が少ないため、この点で人材育成を行ったり、何らかの形で専門家による導入支援機関を立ち上げたりする必要があるように思います(スペインでは社会的通貨研究所が2013年に立ち上がり、私もその共同創設者になっていますが)。

 とはいえ、このような報告書が政府に提出されたことは、フランスのみならず他国においても、大きな一歩だと言えるでしょう。特に政策提言という観点からはこのような報告書はどこの国においても作成されておらず、今後フランスのみならず、世界各国でこの報告書が大きな意味を持つものと思います。もちろん各国ごとに経済状況や法制度が大きく異なるため、フランス向けの提言をそのまま実行できるわけではないでしょうが、それでも参考となる資料があること自体が、今後の世界的な補完通貨の運動において大きなカギとなるのではないでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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