廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第63回

ASEAN(東南アジア)地域での連帯経済の現状と展望

 この連載を毎回ご覧になっている方は、社会的連帯経済というとラテン系諸国というイメージが強いかもしれませんが、最近はASEAN諸国でも、社会的連帯経済の推進の動きが起きています。去る4月25日にマレーシアの首都クアラルンプールで開催されたASEANサミットの際に、並行イベントとして連帯経済に関するイベントがASEC(アジア連帯経済評議会)などにより開催されましたが、その報告書「連帯ベースの社会的企業を通じたASEANコミュニティの醸成」が発行されましたので、今回はこの報告書に基づいてASEAN(東南アジア)地域における連帯経済の現状と展望について、簡単にご紹介したいと思います。なお、同評議会はすでに、以下の2つの報告書を刊行しています。

 ASEANについてはご存じの方も多いかと思いますが、1967年にインドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシアの5ヶ国(五十音順)がバンコク宣言と呼ばれる宣言に共同署名したことで発足したものです。当時はベトナム戦争の真っただ中で、中国やソ連といった共産主義国の影響が非常に強かったことから、共産主義の影響を廃した経済発展を目的とした国家連合として発足しました。その後、ブルネイが1984年の独立を機に加盟し、ベトナムが1995年に、ミャンマーとラオスが1997年に、そしてカンボジアが1999年に加盟したことで、現在の10ヶ国体制になっています。また、パプアニューギニアと東ティモールも、ASEANへの加盟申請を行っていますが、現在はオブザーバーとなっています。2008年にはASEAN憲章が採択され、これがASEANにおける現在の最高法規となっています。

ASEAN諸国の地図

▲ASEAN諸国の地図

 欧州連合(EU)や南米共同市場(メルコスル)、それにアフリカ連合(AU)などと比べると、言語面・宗教面・文化面でも多様性を持つASEANは、経済活動面での統合を主に進めてきたといえます。ASEAN加盟国の国民であれば、現在は基本的にビザなしで短期の相互訪問が可能になっており、またASEAN域内で国境を超えて活躍するビジネスマン向けにASEAN統一ビザの発行が計画されています(たとえば現在は日本人の場合、カンボジアとミャンマーへの訪問、そしてタイへの頻繁な訪問の際には観光ビザが必要となるが、仮にこの統一ビザができれば、いちいち各国大使館でビザ申請をしなくても自由に訪問できるようになる)。さらに、年末にはASEAN経済共同体(AEC)を発足する予定で、これにより市場統合を進め、経済競争力をさらに高める狙いがあります。

 ASEANは、これまではどちらかというと主に経済統合の分野で活動を行ってきましたが、「私たちの人々、地域社会、ビジョン」がテーマとなった今回のサミットでは、エリート層ではなく一般市民が享受できるようなASEANの建設について議論が行われました。ASEAN諸国では経済成長が続いていますが、その繁栄から取り残されている人が少なくない以上、一般市民向けの経済として連帯経済を推進してゆく必要があるというわけです。

 同会議ではまずその目的として、ASEAN地域における不平等の解消の手段としての連帯経済や社会的企業などの推進、2015年で終わるミレニアム開発目標後の新しい持続可能な開発目標における連帯経済の位置づけ、ASEAN加盟国、市民社会、学術機関および民間企業との間での協力のロードマップ作成が示されました。その後、連帯経済の担い手として、以下の団体が言及されました。

コミュニティベースの企業(以下CBE)は、NPOや協同組合などの法的形態を問わず、あくまでも市民が自主運営し、その自由参加および発言権が保証された団体。
産直提携農業(CSA)は、消費者が農家に前払いし、農家は消費者の希望に応じた作物を生産し直送。消費者としては希望する食品を安価で入手可能。
CBEの一形態としてのフェアトレードは、ASEAN域内でもCBEの発展や一般市民の経済発展という点で重要。
CBE製品の流通にマイクロクレジット団体が関わっているが、これにより農産物を担保とした借り入れを実現。
女性による社会的企業は、社会的責任という観点から市民の行動を促し、農業やマイクロクレジット、フェアトレードを推進することから、ASEANでも重要。
インドネシアでは農村自助組織により、農作業の予定や資金調達および販路開拓で成功を収めているが、これはASEANレベルでも重要。
何かと条件付けされる先進国からの国際協力ではなく、相互連帯に基づいた南南協力(途上国同士の国際協力)の重視。

 また、ASEAN地域内外で実践されている事例も、いくつか紹介されました。

台湾を本拠地とし、マレーシアでも活動している仏教系の慈済財団によるリサイクル事業
信用組合による貧困層向け教育・融資プログラム(マレーシア)
Wild Asiaによる環境保護コンサルサービス(マレーシア)
イスラム系金融機関Koperasi Belia Islamによる有機農用の推進(マレーシア)
ASKIによる、先住民地域の実情に応じたマイクロクレジットサービス(フィリピン)
パルシック(日本)による、東ティモールのコーヒーやスリランカのお茶・衣服のフェアトレード

▲ベンジャミン・キニョネス・アジア連帯経済評議会議長へのインタビュー(2分18秒から)

 そして、会議の結論として以下の7点の優先事項を持つ戦略が提起されました。

  1. 各国ごとにCBE3社の業績をモニタリング・評価し、ASEAN年次サミットで発表
  2. 市民団体や社会的企業のリーダーに研修を実施
  3. CBE向けのASEAN成長基金を創設
  4. CBEのリーダー向けに大学などで、ASEANコミュニティという意識を植え付けて域内国際協力を推進
  5. ASEANレベルで、また各国レベルで、CBE推進目的の対話を政策立案者と実施
  6. ASEAN10ヶ国から100万人の消費者一覧を作成し、CBEの製品を支援
  7. CBEの推進においても、ASEAN域内での国際協力や経済統合を推進

 ASEANにおける域内統合の各種プロジェクトが、これまでは主に政財界のエリートにより行われてきたことを鑑みると、一般市民の生活水準の底上げや一般市民におけるASEAN市民意識の醸成のような提言が出てきたことは、画期的であると言えるでしょう。結成から50年近く経過し、先進国や中進国といえるレベルの経済水準に達した国も出ている一方、その経済発展の恩恵を必ずしも全員が享受できているわけではない現状があるASEAN諸国において、連帯経済が今後果たす役割は小さくないものと思われます。また、各国レベルでその取り組みを完結させるのではなく、ASEAN全域で協力体制を構築するというのも新たな試みであり、これにより一般市民レベルでの国際交流が活性化するものと思われます。

 その一方で個人的には、各国の国内ネットワークの強化もはかるべきだと思います。連帯経済や社会的企業などの実践例はそれなりにあっても、その概念がASEAN諸国ではほとんど知られていないため、まずは各国レベルで実践者の国内ネットワークを作った上で、情報交換を推進する必要があるでしょう。ASEANの国際会議では英語のみが公用語として使われており、またASEAN域内では英語に堪能な人も多いですが、連帯経済の現場では高等教育を受けておらず、英語力が十分でない人が大多数を占めている以上、やはり全国ネットワークを作った上で、誰もが理解可能なその国の言語で(たとえばインドネシアならインドネシア語で、カンボジアならクメール語で、フィリピンならタガログ語で、タイならタイ語で)情報提供や交流を行う基盤を作る必要があると思います。また、各国の実践者ネットワークが確立すると、政府との折衝がしやすくなるので(ブラジル連帯経済フォーラムのように)、これにより各国政府における連帯経済の推進政策が打ち出しやすくなります。

 いずれにしろ、連帯経済の発展のための具体的な戦略提言が行われたことは、一歩前進と言えるでしょう。今後、ASEAN地域でも連帯経済がどのように発展するか、注目してゆきたいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事