バウルの便り

第13回

女性党首モモタ・ベナルジー

バウルの唄

 聖人を装ってなんになるっていうんだい?
 蜜がそこになけりゃ・・・
 蜂蜜採集人(*1)だけが知ってるのさ。
 スズメバチの巣を探って、蜜が手に入るとでも言うのかい?

 雨上がりの泥んこの土の上に落ちたグァバを拾う。鳥が「お先に」とつついた跡があります。鳥たちが、つついて食べているうちに木から落としてしまったグァバの実は甘いものです。鳥たちは、ちゃんと見分けて食べているようです。
 
 そろそろ雨期が明ける頃だというのに、毎日のように雨が降っています。あまりの湿気に村の人々も少しうんざりしている様子。今年は、乾燥した暑さが続くはずの5月ごろから雨が降り始め、雨期には雨が降らないのではないかしらと思っていたにもかかわらず、各地で洪水を引き起こすような降水量となってしまいました。
 そして、先日のシッキムを震源地とする地震。私が住んでいるあたりも微震ではあるものの、少し揺れを感じました。ベンガルの人たちは殆ど、地震など経験したことがないので、「めまいがした」と思った人がたくさんいたようです。
 揺れの後、あわてて外に飛び出して、「今、揺れなかった? 地震だったよね?」と聞く私に、「えっ!そうだったの? 僕は、どうして突然めまいなんてしたんだろうと思ってた。かまどに落ちるんじゃないかと思ったんだ」という答えが返ってきました。
 北ベンガルやネパールは、相当な被害を受け、死者も多数出ています。長雨の後の地震のため土砂崩れで救援の道も閉ざされているということです。
「これは、2012年に世界が滅亡するというのも、唯の噂じゃないかもしれないよ」と話す人たちも増えてきました。

 先の5月の選挙で、32年間政権にあった共産党に圧勝し、「草の根会議派」が政権に就きました。新聞をはじめとするメディアも、人々の声も、「改革」「変革の風」という言葉で溢れかえりました。一時期は、町に出ると、「無法状態」とでもいうのか、「何をしてもいいんだ……」というような空気が流れていたように感じたのは、単なる気のせいだけではなかったように思います。
 女性党首であるモモタ・ベナルジーは、党派、宗派にかかわらず、西ベンガル人の尊敬と人気を集めているようです。
 首相となった今も、ゴム草履をはき、特別待遇は一切拒否し、護衛もつけず交通渋滞でも一般車と同じように停車し、声をかけてくる一般の人々の質問にも答える。モモタを批判する人にはあまり出会わないぐらい、一般人からの信頼を得ているようです。彼女は、人の批判など気にせず、自分がしようと思ったことをどんどん行っているように見えます。メディアが、完全に彼女のバックアップをしているということもありますが、しかし、メディニプールに建設予定の原子力発電所に関して、「建設はさせない」と明言し、さらに「西ベンガルの如何なる場所にも、原発は建てさせない」とまで言い切っています。この発言を聞いた中央政府からの原発建設への更なる要請にも「NO」を表明したとか。この件に関しては、あっぱれ、女性だからこそ出来たのではないかとも思います。名声と、規制の意識にがんじがらめで、想像力に欠けた男性の政治家には無理だったかもしれません。

 しかしながら、如何せん、古い意識を引きずったままの農村部にある私の住む村では、新しく権力を持った「草の根会議派」が、共産党活動家への襲撃を繰り返し、一般の村人に対しても暴力的に威圧をし、まるで踏み絵をさせらているかのような状態が続いています。長かった政権担当での共産党の体質の腐敗、特に下部組織の横暴さにあった民衆の不満もつのって(共産党であったからというよりは、むしろ、これはインド全体の問題という方が正しいかもしれませんが)共産党を支えてきた貧困層の多くが今回の選挙で「草の根会議派」に投票はしたものの、「こんなはずでは・・・・」と思っている人々は少なくないでしょう。なぜなら、少なくとも、低カースト、貧困層の支持を得、カースト差別をなくし、宗教間の争いをなくし人の平等を説く教育をしてきたのは共産党であったし、実際に、共産党政権以前を振り返って、「金持ちの家の前を普段着で横切っただけで殴られたんだ。そんなことがまた起こることはないよね?」と不安を隠せず聞く人もいました。

 それまで、富裕層の家の前を横切ることもできなかった低階層の人々が、富裕層とともに食事をとったりできるのは、確かに共産党の努力の成果であったと言えるでしょう。そして新しい政権も更なる平等な社会の実現を唱えるでしょう。
新政権のもとで、貧困層のために特殊な配給カードが作られ、月に一人当たり12キロのお米が無料配給されることになりました。
 けれども、村では流血事件が続いています。一週間ほど前、私の住む小さな村に10台以上もの機動隊の装甲車が入り込み、事実上、戒厳令下に置かれたようになるということが起こりました。
 これで、「草の根会議派」に反対する勢力は殆ど一掃されました。また、新しい勢力が牛耳っていく。そこには、「共産党」も「草の根会議派」もありません。もはや「政党」の理念など関係ないのです。動かしているのは、一握りの「人間」です。そして、そこに、少しでも甘い汁を吸おうするものが集まっていく。更にそれは、最終的に、雨漏りする家の屋根に必要な一枚のトタンを得るためというようなところにまで裾を拡げていくのです。
 そしてまた、新たな特権、利権、汚職、暴力……。世界の縮図がここにも繰り広げられていて、人々の色は、強い方の色へと塗り替えられていくのです。

バウルの唄

 聖人を装ってなんになるっていうんだい?
 蜜がそこになけりゃ・・・
 蜂蜜採集人だけが知ってるのさ。
 スズメバチの巣を探って、蜜が手に入るとでも言うのかい?

 シムル(*2)の花はとてもきれいだ
 それを見てカラスはわくわくした
 おいしい実を食べようと枝に座ったけれど
 望みは叶わなずがっかりした
 果実の中の綿を見てしまったのさ

 多くの日本の人たちが、「311の後、日本は変わった」と言います。それは、今まで「わかった」つもりでいたことが、実はそうではなかったと気付かされたということでしょう。今まで何気なく信じていたことが、そうではなかったと思い知らされたということでしょう。そして、大凡を見抜いていた人たちでさえ、「ここまで酷いとは」と、見識の甘さを身に染みて感じたということでしょう。
 そして、それは、今や、世界中で起こっているのです。
「お金」と「名声」という人間の欲が、世界を作ってきた。でも、その結果は今、明らかになってきていると言えるでしょう。

 古代インドの哲学は、歴史を大きく4期の時代に分けました。今は。コリ期と呼ばれる第4期、「人間が人間らしさを失い、堕落し、親が子を殺害し、子が親を殺害するようになり、婦女子は襲われ、世界は災害にみまわれる。」と書物にも著わされていますが、第4期が終わるとまた、第1期の真実の時代が訪れるということになっています。

 押し寄せるさざ波のように、何かの息吹を感じるのは、私だけでしょうか?
 もうこんなことは、たくさんだ!……と。
「欲」が「欲」を生み、「嘘」が「嘘」を生み、「闘い」が「闘い」を生み、「恐れ」が「恐れ」を生みます。
「愛」だけが、「愛」を伝えることが出来ると思います。

 何が起きてもおかしくない。そんな未来を手探りで生きていくとしたら、信じることが出来て支えとなるのは、自分の中の誠実さや、おもいやり、愛だけではないでしょうか。
 これからは、「日常的に、何を考えているのか」ということがとても大事になっていくと思います。普段の生活の中で、何を思っているのか……、そして、それがどう生きているかに現れていきます。
「思い」はエネルギーです。思いが世界を作っていきます。ですから自分を見つめることは、とても大切なことです。そして、「在りのまま」を知り、「在りのまま」となること。
 飾らなくてもいい、背伸びをしなくてもいい、捨てるものも、得るものもなく、そのままで素晴らしい存在である自分というものに気づく時、すべての存在の素晴らしさがわかることでしょう。自分に嘘がないこと……こんな気楽なことはありません。

 金(きん)の中に銅が詰め込んであるんだ
 いったい誰がそれに気づくのだろう?
 宝石商に見抜かれるのさ
 真理を知らないというのはこういうことだ
 見せかけだけの偽善なのさ

「答えは、すべて自分の中にある」と、バウルは言います。
「自分を知れば、すべてを知ることが出来る」と、バウルは言います。
 金(きん)も銅も必要ありません。何もない空っぽの場所が、宝の在りかなのです。

注1)こちらでは蜂蜜採集を生業とする人が村々を回り、ミツバチの巣を見つけ蜜を採っていきます。いわゆる養蜂ではありません。私たちのアシュラムの木にも、ミツバチが大きな巣を作っていましたが、彼らに蜜を採ってもらって、新鮮な採りたての蜂蜜をみんなで食べ、保存用に分けました。
注2)カポック、インドワタノキ。強烈な赤さの花をつけます。

コラムニスト
かずみ まき
1959年大阪に生まれる。1991年、日本でバウルの公演を見て衝撃を受け3ヵ月後に渡印。その後、師のもとで西ベンガルで生活を送り現在に至る。1992年、タゴール大学の祭りで外国人であることを理由に開催者側の委員長から唄をうたう事を拒否されるが、それを契機として新聞紙上で賛否両論が巻き起こる。しかし、もともとカーストや宗教宗派による人間の差別、対立を認めないバウルに外国人だからなれないというのは開催者側の誤りであるという意見が圧倒的大多数を占め、以後多くの人々に支援されベンガルの村々を巡り唄をうたう。現在は演奏活動を控えひっそりとアシュラム暮らしをしている。
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