北京の胡同から

第17回

恒例の「書市(本の市)」

北京の地壇公園恒例の書市 本屋さんのウェブサイトということで、今回は現在開催中の「本の市」にまつわる話題をお届けしたい。

 今年の春も、北京の地壇公園で恒例の「書市(本の市)」が開催された。主催は共産主義青年団北京市委員会、北京市書刊発行業協会ほか。実行組織は北京青少年服務中心、北京市新聞出版服務中心、そして北京市新華書店だ。
 会期は4月30日から5月11日までの12日間。同種の市は、年に3回ほど行われている。日本で本の市といえば、いわゆる各出版社の見本市であるブックフェアや古本市が連想されるかもしれない。だが、北京の「書市」は、いわば「本のお祭り」だ。

 最終日まであと3日というある日、さっそく、華々しく飾られた縁日さながらの門をくぐる。この書市では出展料を1ブースあたり3000元から8000元もとっているようだが、入場も無料ではなく、チケット代5元がしっかり徴収される。

 さて、地壇公園の広い敷地に入ると、各種ブースがずらり。本の市といえど、扱っているのは本ばかりではない。店先には、文具やパズルから、おもちゃ、小型の電器製品、そして軽食までが所狭しと売られている。歌や踊りの舞台もあり、まさに春節の廟会(縁日)さながらだ。

北京の地壇公園恒例の書市 著名な知識人の講演会や出版記念サイン会なども多数行われるため、子供からお年寄りまで、毎回多くの人々が殺到。ある報道によれば、今回も開幕から5日間でのべ40万人余りがつめかけたという。

 そんないつもと変わらぬ風景の中に、今年ならではの現象も発見した。その一つが、ネット・ショップとの連携だ。大手ネット・ショップ「淘金網」がこの書市のために公式専門ネット・ショップを設け、著名作家のサイン入り初版本などを扱い始めたという。その趣旨は、地壇公園の書市がもつ期間的、地域的制限を打ち破り、半永久的に北京内外の読書家たちに書市めぐりの楽しさを味わってもらうことらしい。やはり同サイトで専用の販売ネットを設けて成功した、ブログのヒット率2億の人気作家、韓寒からも、励ましの声が送られた。

 もっとも、いくつかの報道によれば、売行きはどうもはかばかしくないらしい。その主な理由は、宣伝不足と独自の配達網を持たないがゆえの郵送料の高さ。多種類の本を実際に手に取ってみることができる、という書市の魅力を上回る魅力はまだ打ち出せていないもようだ。

 では、金融危機の影響はどうか?出展者に景気について尋ねると、やはり不況のあおりで売れ行きはいまいちだという。しかし、実際には不況とは無縁でありながら、いかにも関係があるように見せかけ、「在庫一掃のための出血大安売り」を売り文句に客集めをしている所もあるのだとか。うわべからは分らないしたたかな商人魂に、背筋がひやりとする。

 もう一つの特徴として今回感じたのは、昨年と比べ、古書、古本の割合が高かったこと。国内最大手の古書販売専門のネット・ショップが参加していたからであろうか。稀覯本などの流通が減り、縮小する一方にあるといわれる古書市場だが、ネット販売の普及にけん引されて、息を吹き返しているように感じられた。

 その一方で面白かったのは、少し前からあった現象だが、かつて子供たちの人気を集めた「小人書(頁ごとに絵と物語の一節が配された一種の漫画)」がコレクション品としての価値をますます高めていたこと。1980年代には2、3角で売られていた本が、今は高いものだと1冊数百元もするようだ。

 とはいえ、この書市の最大の魅力は、やはり価格の安さ。通常の本なら1、2割引は当たり前で、中には9割引というとんでもない安さの本も。少し歩くと、古紙回収業者から回ってきたと思われる、1冊2元の雑誌が山積みになっている所があった。噂では今回、1冊1元の小型辞書も登場したという。

 いつも通り、今回も大手出版社や、新華書店、中国書店などの元国営系の書店、そして個人経営の書店などが多数参加し、人気を集めていた。それらを巡っていて感じたのは、例年ならば出版社や新華書店のブースでの割引率は個人経営の書店より低いのだが、今年は値引き合戦が熾烈で、三聯書店、商務印書館、人民文学出版社などの著名出版社にも、5割引などの大胆な安売りをする所が目立ったこと。これまで最も安くても2割引だった新刊書を、2.5割引以下で売るブースも出現。利潤を度外視しても販売部数を増やしたいという、各出版社の強い意気込みが感じられた。

 もっとも、売り場でこそ市場原理が過剰なまでに働いているように見えても、書籍の企画・出版の時点では市場原理がいまいち作用していない、というのが中国のお国柄。こういった大安売りの市が大規模に展開される陰には、そんな出版社の在庫負担をできるだけ軽減する、という重要な目的もあるようだ。

 少しでも安く、少しでも質の良い本を、と会場に押しかける読書愛好家や蔵書家たち。懐は寒いが本の虫である筆者も、他の来場者に負けじと、安売りコーナーで何冊か掘り出し物を発見。ただ、「3冊で10元!」などという掛け声の下で本を選んでいると、何だかバーゲン・セールで靴下でも買っているような気分に。書籍がこんな風に扱われていいのか?という疑問にも駆られたのだった……

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、『シベリアのビートルズ──イルクーツクで暮らす』(2022年、亜紀書房刊)。訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。
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