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産経新聞/風刺画の力──独裁に抗うメッセージ

変態辣椒氏についての劉燕子さんの記事が産経新聞夕刊(2014年10月21日)文化欄に掲載されました。著者のご許可を得て当サイトに転載いたします。ご高覧いただけたら幸いです。[編集室]

産経新聞夕刊(2014年)10月21日

風刺画の力

独裁に抗うメッセージ

 中国人の時事漫画家、変態辣椒(ビェンタイラァジャァ)氏をご存じだろうか。本名は王立銘(ワンリーミン)で、1973年、新彊ウイグル生まれ。寡黙だが、作品のメッセージはその名「辣椒」の通り激辛である。
 彼は敏感な時事問題の漫画をネットで発表し、今ではフォロワーの数が100万人に至など中国における影響力は極めて大きい。毎年開催される全国人民代表大会や習近平体制の「中華復興の夢」などを風刺し、中国共産党政権の痛いところを漫画で鋭く突いてきた。
 それはユーモアやウイット、繊細な感情、知性を巧みに組み合わせ、「王様は裸だ! 」と叫ぶ子供のように独裁体制を指摘し、民衆を目覚めさせている。強さを誇示しているが、その残酷な暴力は凡庸で滑稽だ、反腐敗という者自身が食欲で猥雑だ等々、生き生きした皮膚感覚で〝独裁者の風貌〟を活写する。また、理不尽な権力に翻弄されながら、拍手喝采する民をも描く。その底に一貫して流れるのは、自由や尊厳の希求である。

◇ ◇

 このような彼の作品は「グレート・ファイアー・ウォール(ネット検閲システム)」により沈滞・鬱屈している中国のネット空間に、新鮮で爽やかな風を吹き込んでいる。しかし、そのためたびたび、彼は公安当局に「お茶を飲まされ(お茶を飲むという名目で法的手続きなしに尋問・恫喝され)」てきた。
 さらに2013年、浙江省余姚の水害に対する政府の救援が不足しているという情報を中国版ツイッター「徴博(ウェイボー)」で転載したことが「デマの転載」とされ、これを理由に、「不確実なデマを飛ばし、社会の正常な秩序を攪乱した」という罪状で身柄を一時拘束された。中国では当局が「デマ」と見なす情報の転載が500件、閲覧が1千件になると、発信者は3年以下の懲役を科されるのだ。
 しかし、彼を支援しようと、人権派弁護士の浦志強氏たちがネット世論を喚起し、また家族を法律相談や「送飯(一緒に手作り弁当を持って留置場に面会に行く)」などで助けた。このため当局は、彼を釈放せざるを得なくなったようだ。
 彼はこの留置場での経験を、「思い出せば、ぞっとして背筋が寒くなる。恐怖に包まれ、なかなか抜け出せない」と語る。これは決して彼だけの問題ではない。中国では、たとえ真昼に宅配便がドアをノックしても、安心して聞けられないという。屈強な治安要員が宅配便や電気修理などを装って自宅にどっと押し入り、正当な法的手続きなしに逮捕するのが常套手段となっているからだ。
 深夜にドンドンとノックの音がすると鳥肌が立つが、警官がノックしたのは近くの家だと分かると、いったんはほっとする。それでも、いつか自分の身にも降りかかってくるのではないかという不安が消えないともいう。まさに、中国社会を覆い尽くす恐怖は手で触れられるほどだと言っても過言ではない。

◇ ◇

 彼は今年5月に来日してから、日本各地を旅し、日常的生活や風情を次々に漫画で発している。日本人は日常生活の隅々まで礼儀正しくて優しく、よく助けあう。来日中に街頭で一度も口げんかを見たことはない。別れるときには互いにお辞儀をする。日本人は「雷鋒(道徳的模範とされた人民解放軍士)」などなくても、友愛的社会関係を築いている…。
 これに対して、8月18日、「人民日報」傘下のサイト「人民網」は文革式の激烈な「大批判」で、「変態辣椒の親日、姻日、漢奸(売国奴)の正体を見破る」などと非難した。さらに、この事は「環球網」をはじめ十数のサイトのトップに転載された。それは、プロパガンダによる個人攻撃だった。また一夜のうちに 、ウェイポーなど彼のすべてのホームページのアカウントが抹消され、彼は中国のネット空間から消し去られた。その上、「帰国すれば消すぞ』などの恫喝まで書き込まれた。
 しかし、彼は笑顔で「これはやり過ぎだ。かえって創造力がわいてきた」と語った。彼は漫画大国の日本でさらに腕を磨き、ありのままの中同を伝え、本当に分かりあえる日中関係ために尽くしたいと切に願っている。

劉燕子
産経新聞夕刊(2014年)10月21日

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