パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第26回

CBDC(中央銀行デジタル通貨)の登場

 最近CBDC(中央銀行デジタル通貨)が話題になり始めていますが、この背景には、そもそも誰が通貨を発行すべきかという議論があります。私自身がもともと地域通貨を専門としていることもあり、この連載(過去ログ一覧はこちら)や前の連載(過去ログ一覧はこちら)では、時折通貨制度についての考察を書いてきましたが、今回は誰がお金を発行すべきか、という観点から考えてみたいと思います。

 歴史的には、国際的に価値が広く認められる商品、特に金銀といった貴金属がお金として使われており、現在でも金地金が広く取引されています。第二次大戦後に創設されたブレトン・ウッズ体制では1ドル=360円と為替レートが固定されていたことは有名ですが、当時はこれに加えて金(きん)についても、1トロイオンス(31.103 4768)=35ドルと相場が固定されていました。このため、日本円と金(きん)についても、1グラム=360×35÷31.1034768=約405円という固定レートが存在していたのです。この状況では通貨発行は、敢えて言うなら金銀などの採掘業者により行われていたのです。

 金銀のようにその価値が一般的に認識されているものの場合、通貨の価値が安定しているので通貨制度も安定しているように思う人が多いですが、実際にはそうではありませんでした。通貨の流通量が金(きん)や銀の流通量に制限されてしまい、これら貴金属の流通量は経済成長とともに増える性格のものではないため、遅かれ早かれ通貨不足が起きてしまいます。また、商品の供給量も増えないのに金銀の流通量だけが増えると、金本位制や銀本位制であっても物価上昇(インフレ)が起きることから、実際には金銀であってもインフレへの完全な防御策ではないことがわかります。実際スペインは、16世紀に中南米各地を植民地化して金銀を収奪しますが、そうやって入手した貴金属はスペイン本国の産業振興に使われることなく、他の欧州諸国などからの商品の輸入に費やされ、この際にインフレが起きたことが、サラマンカ学派と呼ばれる当時の聖職者により記録されています(16世紀には経済学という概念がまだ存在せず、当時の知識人の大部分が聖職者だったため)。

 そのような金本位制や銀本位制を廃止した現在では、日本銀行や欧州中央銀行などの中央銀行が発行する不換紙幣が法定通貨とされていると思われがちですが、実際には現在流通している通貨の大半を発行しているのは中央銀行ではなく、都市銀行などの民間銀行です。この詳細についてはこの記事で説明済みですのでここでは詳述しませんが、簡単にいうと民間銀行は信用創造のおかげで、手許にある現金の何倍もの額を創造して貸し出すことができます(英国や豪州などでは制限額が撤廃されており、文字通り民間銀行が好きなだけお金を発行できるようになっています)。実際には日本やユーロ圏では通貨流通量のうち90%強が、そして英国では97%もが、このような形で発行されており、このプロセスに中央銀行は直接手出しできない状態になっているのです。

 しかしここで、さまざまな問題が発生します。

  • 通貨供給という経済に欠かせないプロセスが、民間銀行の営利事業になってしまっている点。本来であれば通貨供給は、経済状況に応じて過不足なく行われなければならないのだが、通貨の大半が銀行融資として発行されている現状では、通貨発行自体が民間企業という営利企業の営利目的事業に成り下がっている。このため、景気が過熱すると貸し出され過ぎる一方、一度景気後退状態になると貸し渋りや貸しはがし状態になりデフレが起きる。
  • 中央銀行が通貨発行量を直接管理できない点。確かに中央銀行としては公定歩合の上下により通貨供給量を間接的に管理できるが(通貨供給量を減らす場合には公定歩合を引き上げ、逆に供給量を増やす場合には公定歩合を引き下げる)、やはり直接管理できない点がネック。また、現在のように金利をいくら引き下げても貸し出しが増えない状況になると、もはや伝統的な方法では対応できなくなる。QE(量的緩和)は、このような状況に対処すべく中央銀行が国債や株式などを直接買い取るという例外的な市場操作。
  • 銀行からの新規貸出が続かないと、基本的に通貨制度が破綻してしまう点。基本的に融資の元本に加えて金利をつけて返済しないといけないため、その借金を返済するために別の企業や政府などがより多額の借金をする必要に追われ、結果的に社会全体の債務総額が増え続ける。国際通貨基金(IMF)によると2019年の全世界の債務の総額は188兆ドル(約2京5700兆円)という膨大な額になっており、世界のGDPと比べても258%という巨大な額になっている。

 このような状況下で、ビットコインに代表される仮想通貨がかなり話題に上るようになっています。ビットコインについてもすでに書きましたが、個人的には仮想通貨を支えるブロックチェーンという技術は素晴らしいと思う一方で、仮想通貨自体については以下の問題があるように感じます。

ビットコインの画像ビットコインの画像
  1. 担保なし、かつマイニングによる通貨創造のため、マイニングに成功した人は棚ぼた式で仮想通貨が手に入る一方、仮に誰も受け取らなくなったらこの仮想 通貨は、無価値のデータ以上の何物でもなくなってしまう。
  2. ビットコインの場合には流通額が2100万ビットコインに制限されているが、この流通量はマクロ経済の規模や世界の総人口などを計算に入れていないため、中長期的には通貨供給不足状態になる。

 2は具体的には、米ドルなど法定通貨の為替レートにおける仮想通貨高という形で発生しますが、仮想通貨の投機で儲けようとしている人にとっては仮想通貨の値上がりは歓迎すべき事態である一方、仮想通貨建てで借金をする人にとっては悪夢の事態となり(仮想通貨が値上がりすれば、それだけ返済額が増えてしまう。具体的にいうと、たとえば1ビットコインが50万円のときに5ビットコインを借りた人の債務額は250万円ですが、ビットコインが50万円から150万円まで3倍に値上がりすると、債務額も250万円から750万円へと3倍に増えてしまう)、物価の安定という面では評価できません。逆にいうと、投機手段として仮想通貨が注目されればされるほど、融資手段として仮想通貨は使えなくなってしまうのです(貸す人はいるかもしれないが、金利がべらぼうに高くなるので誰も仮想通貨建てで借りようとはしなくなる)。

 このような状況で最近話題になっているCBDCですが、これは民間銀行ではなく中央銀行自身がデジタル通貨を発行し、その国に住む市民や企業などが中央銀行にデジタル通貨の口座を開設し、この通貨で取引できるようにするというもので、以下のメリットがあります。

  • 中央銀行自身が通貨を発行するので、通貨発行量の管理が比較的簡単。インフレ気味の場合にはCBDC建ての政府税収の一部を中央銀行が回収して通貨供給量を減らしたり、逆にデフレ気味の場合には中央銀行が政府や一般市民など向けにCBDCを発行して通貨流通量を増やしたりすることが可能。また、減価する貨幣としてCBDCを発行すれば、それにより自動的に通貨流通量が減少することになる。
  • 海外では多くの場合、一定金額以下の残高しかない銀行口座の保持には手数料がかかり、このため貧困層を中心として銀行口座を持っていない人が少なくないが(多少古いが、2012年の世界銀行による資料によると、銀行口座を持っている成人の割合はブラジルでは56%、中国では64%、ギリシャでは78%、香港では89%、インドネシアでは20%、イタリアでは71%、日本では96%、マレーシアでは66%など)、中央銀行がデジタル通貨として管理すれば国民全員が銀行口座を持てるようになり、これにより口座振替や公共料金の自動引き落としなどのサービスを誰もが受けられるようになる。昔は銀行口座の管理には手作業により多額の費用がかかったが、デジタル化してしまえばこの費用も最小限に抑えられる。
  • 基本的に国外在住者や国外の企業はこの通貨を受け取ることができないため、国内経済の振興につながる(そのうちCBDCの為替市場ができるかもしれないが)。
欧州中銀関係者がCBDCの研究を行っていることを表明した動画

 その一方で、基本的に融資の提供=貨幣創造や振替手数料などの収入で成り立ってきた既存の銀行のビジネスモデルが崩れることになる可能性もあり、大手銀行はその成り行きに非常に注目しています。実際には、中央銀行が国内各地に支店網を張り巡らすことは不可能なので(例えば、日本の全市区町村に日銀が支店を構えるわけにはいかない)、一般市民への応対業務などを既存の大手銀行に委任することで、ある程度棲み分けができるのではないかと思います。

 最近では、フランス銀行スウェーデン国立銀行がCBDCの導入実験を始める発表を行ったり、その他の中央銀行もCBDCについて関心があることを公式に認めたりするなど、CBDCへの関心が高まっています。英国のポジティブマネーに始まる主権通貨運動もCBDCには好意的である一方、無制限の通貨発行量を認める傾向にある現代貨幣理論(MMT)に対しては批判的であり(主権通貨側のMMT批判はこちらの記事を参照)、あくまでもインフレが起きない範囲で適切な量の通貨を供給しようというのが、CBDCの理論的背景です。

 ゼロ金利になっても企業が資金を借り入れないためQEによる通貨供給が必要になったり、ドイツでは民間銀行が預金者にマイナス金利を課す=手数料を徴収するようになったりと、もはや従来の通貨創造モデルでは経済が回らなくなった現在、民間企業による営利事業としての通貨創造に疑問を呈し、やはり公的な機関による通貨流通量の管理を導入することが適切だと私は思いますが、皆さんはいかがお考えでしょうか?

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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