パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第76回

金融面で社会的連帯経済を推進する方法──国連の報告書を読み解きながら

 社会的連帯経済が国連でも注目を浴びていることは、この連載をお読みの方であればご存じでしょうが、2023年4月の国連総会での決議採択以降もその流れは続いています。こちらでは、スペイン政府の助成を受けて国連社会的連帯タスクフォース(UNTFSSE)が編纂した報告書「社会的経済・連帯経済主体の持続可能な開発への貢献を強化: 資金アクセスの強化に向けた優良事例集」を読み進めて、社会的連帯経済の活性化のために必要な資金面の措置についてUNTFSSEが注目する事例を見てゆきたいと思います。

同報告書の表紙同報告書の表紙

 同報告書では、社会的連帯経済の団体も他の事業体同様に融資を必要とする一方、既存の金融機関はそういう団体への融資に消極的(利益が出にくい事業に取り組む傾向がある一方、普通の企業なら株主への配当に回す利益を社会的な目的に使ってしまうので、普通の銀行にとっては美味しい融資先ではない。また、社会的意義について既存の金融機関は正当に評価してくれない)であることから、官民に加え財団といった資金源からのブレンド融資(公的資金と寄付、それに民間基金を組み合わせた融資)、インパクト投資、クラウドファンディングそしてソーシャルインパクトボンドの利用を推奨しています。それに加え、社会的連帯経済自身が自らの金融機関として有する、信用金庫やNPOバンク、倫理銀行などの事例も紹介されています。

 この中でもインパクト投資については、現在ではすでに世界全体で5000億ドル(約75兆円)を超すかなりの規模の市場が形成されていることから、これを活用する可能性も模索できると言えますが、その一方でこの投資によりどのようなメリットが社会的連帯経済の団体にもたらされるのかは未知数だと言えます。

 社会的連帯経済向けの金融を支援する政策としては、主に以下の3種類に分類することができます。

  1. インセンティブ関連: 社会的連帯経済団体への投資への税制優遇、民間資本を活用した官民共同投資計画の構築、優遇調達ポリシーを通じた市場面での優位性を構築、民間部門の参加を促すべくリスク共有メカニズムの開発、そして社会的連帯経済企業の創設向けに社会的メリット(たとえば失業保険など)の資本化。
  2. 基金創設政策: 初期段階の発展向けの補助金や直接資金提供、社会的連帯経済の特徴に合わせた融資プログラム、民間からの融資を促進する計画を保証、社会的連帯経済のガバナンス原則を尊重する金融商品。
  3. 間接的支援政策: 統計・データ収集システムの開発、能力開発・技術支援プログラム、意識啓発・知識共有の取り組み、ネットワークの開発と協力へのサポート、社会的連帯経済団体からの需要を喚起する調達ポリシー。

 なお、これら政策の立案においては、ステイクホルダー(関係者)を巻き込むことが大切だと、同報告書は力説しています。なお、この関係でUNTFSSEは、金融面へのアクセスとサポートに取り組む作業部会(TWGFAS)を2024年に創設しています。

 さらに、これら団体はビジネススキルに欠けており、内部管理のシステムも未成熟であることも、融資を受けられない原因となっているため、この分野でスキルをつけることも大切だと論じています。これに加え、ソーシャルインパクトに関心のある投資家を引きつけるには、彼らが魅力的に感じるような価値を生み出していることを実証し、訴えかけることが欠かせません。

 その後、以下の国や地域での実例を紹介しています。

  • カナダ: 同国の社会的経済について語る場合、ケベック州が傑出した存在。同州には大規模な信用金庫デジャルダンが存在するが、州の社会的投資ネットワーク、金融機関と社会的連帯経済の団体との仲介機関FIDUCIEそしてInvestment Québecが金融面での協力ネットワークを形成。
  • ブラジル: リオ・デジャネイロ州はマリカー市の市役所が創設し、地域通貨の活発な事例として知られているムンブカは、ムンブカ銀行が地場企業向けにマイクロクレジットを提供。また、この先駆者となっているパルマス銀行(リンク先はウィキペディア日本語版)も行政との協働を実施。
  • エクアドル: 連帯経済の団体向けの金融機関として、国立民衆連帯金融公社(CONAFIPS)が存在。
  • セネガル: マイクロファイナンス・社会的連帯経済省が存在し、同省がマイクロファイナンス基金を創設。
    セネガルのマイクロファイナンス・社会的連帯経済省のサイトセネガルのマイクロファイナンス・社会的連帯経済省のサイト
  • 南アフリカ: 同国政府は、国際労働機関(ILO)と協力して社会的連帯経済関係の政策提言書を2021年にまとめている。また、社会的雇用基金が存在し、これまでに6万5000人以上に雇用を提供。
  • チュニジア: 2020年に社会的連帯経済法が施行され、法的枠組みは整備されたが、融資などの実践例では未だ立ち遅れたまま。チュニジア連帯銀行が機材などの調達向け資金融資を実行。
  • マリ: カナダやドイツ、デンマークの協力を得て18のマイクロファイナンス団体に資金を提供する枠組みに加え、マリ連帯銀行もマイクロファイナンスを実施。
  • 欧州連合(EU): 2021年に社会的経済アクションプランが採択されたが、その中で金融も重視されており、2021年から2027年にかけて、社会的投資とスキル、持続可能なインフラ、研究とイノベーション、そして中小企業支援の4分野に焦点を当てたInvestEUプログラムにより官民の資金源より3720億ユーロ(約65.6兆円)を充当。その他の形での融資や資金調達による協力も提供。
  • フランス: 各種の連帯基盤貯蓄基金、「社会的効用連帯企業」への投資優遇策、官民両方による社会的連帯経済企業の資本強化、融資やそのために必要な保証を行うフランス・アクティブクレディ・コーペラティフLa NEFのような社会的連帯経済系金融機関が存在し、途上国向けのマイクロクレジット提供にも積極的。
  • イタリア: 行政からの助成金や補助金つき融資、信用金庫や倫理銀行などとの銀行の関係、投資信託など内部資金調達の仕組みが存在し、さらに非営利セクター自体も伝統な寄付ベースから証券ベースのアプローチへと移行。さらにソーシャルインパクトボンドやインパクト投資基金とかも登場している。イタリア社会的経済ロータリー基金(INVITALIA)は経済開発省から2.23億ユーロ(約393億円)の拠出を受けて社会的経済の強化に努めている。またイタリアには、自らの勤務先企業を従業員が買い取り協同組合に改組することを法的・資金的に支援する(具体的には失業保険を一括で受け取れるようにすることで勤務先企業の買収資金にできる)マルコラ法が存在。また、倫理銀行の役割も大きい。
  • ルクセンブルク: 2013年にルクセンブルク社会的連帯経済連合(ULESS)が創設(2025年にルクセンブルクインパクト起業家連合に改組)。その一方、同国の社会的連帯経済は資金面で政府や自治体、またはEUへの依存度が高い。
  • 英国(スコットランド): 地域利益企業や社会的企業向けの休眠口座の活用、社会的投資税制控除などの税制優遇制度が存在。また、社会的投資向けのアクセス財団に加え、社会的企業推進基金が存在している。ここまでは英国全体が対象だが、スコットランドではこれに加え、社会的企業戦略2016-2026スコットランド経済変革全国戦略(英国は、イングランド、ウェールズ、スコットランドと北アイルランドという4つの「国」で構成された連合国家であり、ウェールズ、スコットランドと北アイルランドには政府が存在するが、イングランド政府は存在せず、イングランドに関しては英国全体の政府が管轄する)。
  • スペイン: 現在スペイン政府には労働・社会的経済省が存在し、社会的経済活性化のために25億ユーロ(約4410億円)もの資金を拠出している一方、COFIDES(開発融資スペイン公社)も社会的経済の推進のために資金を提供。これに加えて各州の役割も大きく、イタリアのマルコラ法に似た制度も存在する。
  • 韓国: 韓国で社会的経済の推進を担当しているのは、政府の外郭団体となる社会的企業振興院だが、2018年から2022年にかけて社会的金融推進プログラムを実施し、社会的連帯経済関連団体が利用可能な資金の範囲を大幅に拡大。

 この他、世界銀行欧州投資銀行アジア開発銀行アフリカ開発銀行米州開発銀行欧州復興開発銀行など、国際的に活動を行い公共的な性格を持つ各種銀行も、様々な形で融資を提供しています。

 あくまでも市民社会による経済活動として社会的連帯経済を見る立場に立脚して私からすると、この報告書は確かに興味深い一方で、各国政府の政策立案担当者に向けて書かれている一方、社会的連帯経済自身が管理する金融機関としての信用金庫やNPOバンク、倫理銀行などの活用法に関する記載が薄いことが、ちょっと気になります。

 確かに政策立案者としては、社会的連帯経済推進の起爆剤として公的資金を投入したり、民間投資家が社会的連帯経済の事業に積極的に投資できるような制度の整備に関心が集中するのは当然です。しかし、多くの国では政権交代により社会的連帯経済に無関心な大統領や首相による政権が成立すると、それまで構築されてきた各種支援制度が次々に廃止・縮小される傾向にあります。例えば、ブラジルでは連邦政府が雇用労働省内に連帯経済局を創設してその推進に長年取り組んできましたが、政権が変わると同局のみならず同省までもが廃止されてしまいました(現在の政権では連帯経済局が復活していますが)。また、私が住むスペインでは、政権交代のたびに中央政府の官庁が大幅に改組されるため、前述の労働・社会的経済省についても中長期的に存続するかどうかについては、正直疑わしいものと言えます。さらに、補助金頼みの事業が乱立して、むしろ社会的連帯経済の事業の自立=補助金なしでの運営の実現という点では障害となる可能性さえあると言えます。

 また、確かに民間資本の活用は大切であり、民間資本側も単なる利益の最大化のみならず、環境や社会などへのインパクトを考慮に入れた投資に以前よりも積極的になっている側面はありますが、このような資金に過剰に依存するようになると、民主的運営というその原則が脅かされる可能性もあります。本来は資本主義から自立した経済を構築するための社会的連帯経済が、資本主義の論理に振り回されるようになっては本末転倒と言えるでしょう。

 私としてはそれよりも、社会全体が社会的連帯経済を自分たちで支えるようになる状況を作るほうがふさわしいと思います。税制面でいうなら、たとえば社会的企業への寄付を行った個人や企業に対しての控除を充実させることに加え、見本市や講演会などのイベントを開催したり、市報で市内にある社会的連帯経済の取り組みを地元の人に知ってもらったりするなどの活動を通じて、社会全体で社会的連帯経済の認知度を高める必要があります。これによりその意義を理解する人が増えれば、社会的連帯経済を盛り上げるためには金融面でも何らかの協力を行う必要があることを理解する人も増え、本当に資金を必要とする事業への融資が実現しやすかったり、採算性の面では問題があるものの地域社会にとってどうしても必要な事業である場合には、各種寄付やクラウドファンディングなどを通じた資金提供が実現しやすくなることでしょう。

 また、この報告では各国の法制度における社会的連帯経済の定義についても詳述されており(これについては本題から多少外れるため割愛)、翻って日本について考えてみた場合、社会的連帯経済についての定義以前に、その概念自体がほとんど知られていないため、社会的連帯経済の支援のための金融制度について議論を行う最低限の制度的基盤さえできていないと言えます。とりあえずのところは、2022年のILO決議を引用して国際的な定義を日本に知らせ、議論を始めることで認知度を高めたうえで、社会的連帯経済という存在を意識した法制度の整備に政治家や霞ヶ関諸官庁、そして地方自治体が取り組めるような方向性を作り出すことが欠かせないのはないでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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