概要
昨年、集広舎から出版した『民族自決と非戦──大正デモクラシー中国論の命運』では、大正デモクラシーの息吹を受けた吉野作造や清水安三、石橋湛山、大阪朝日新聞の中国論を中心に、戦前の日本における中国論を検証した。
その際、一人だけ最後まで取り上げるかどうか迷った人物がいる。外交評論家で、戦時下の言論圧迫の状況を記録した『暗黒日記』(岩波文庫など)でも知られる清沢洌である。
アメリカ移民という日本の知識人としては珍しい経歴を持ち、著作もアメリカや日米関係が多く知られる。「清沢と中国」というと驚かれる向きもあろう。だが、出版後、国会図書館が公開している「デジタル・コレクション」で、清沢の著作を一冊ずつ紐解いてみると、随所に中国や日中関係に触れていることがわかった。
彼が最も懸念した日米戦争の勃発も、元はといえば、中国を舞台とする日米の摩擦である。日米関係を論じるには、日中関係は不可欠である。清沢は二度にわたって長期間、中国も訪問し、自身の移民体験も念頭に、独特の中国論を展開している。中国経済の将来の発展を見越し、戦争ではなく、日中間の経済関係の拡大こそ重要である点も強調していた。
高井潔司(北海道大学名誉教授)