この連載を読まれてきた方は、社会的経済というとラテン世界というイメージが強いでしょうが、社会的経済という概念はラテン系諸国だけでなく欧州連合(EU)全体でも見られており、ラテン系以外の国でもそれなりの展開を見せています。今回は、最近発表された「EUの社会的経済の社会的・経済的業績の基準作り」という報告書から、ラテン系ではない国も含めたEU全体における社会的経済の状況について把握したうえで、日本などEU以外の国がEUの姿勢から学べることについて紹介してゆきたいと思います。
日本に住んでいるとEUは遠い存在ですが、加盟国やその近くに住んでいる人にとってEUは、日常生活にもかなり大きな影響を与える存在です。2度の世界大戦で荒廃を経験したヨーロッパでは、その悲劇を二度と繰り返さず、諸国間での相互協力と繁栄を目指すべく、特に地域大国である仏独が主導して少しずつ欧州統合が進んでゆき、1993年にはマーストリヒト条約という形で現在のEUが成立し、そこで欧州的価値観が規定されました。具体的には、たとえばシェンゲン条約によりEU加盟国の大半などの間では基本的に出入国審査なしで移動が可能になり(まるで国内移動する感覚)、またEU加盟国の国籍を持って入れば、他のEU諸国に非常に簡単に移住できるようになっています。通貨で言えば、共通通貨ユーロが2001年に12か国で導入され、現在では加盟27ヶ国中20ヶ国で使われています。さらに、2018年に導入されたGDPR(EU一般データ保護規則)により、EU在住者の個人情報を扱う場合、日本国内にある企業や団体などであってもEUの規則を守る必要があります。このように、各国政府を超えた政府としてEUが存在感を高める中で、EU全体でも社会的経済を推進してゆこうという機運が高まっており、その一環としてこの報告書が作成されたのです。
同報告書ではまず、EU27ヶ国には社会的経済(協同組合、NPO、財団、共済組合)の団体が430万団体以上存在しており、これに加えて社会的企業が24万6000団体ほど見られることが言及されています(社会的経済については全ての国で法制度が整備されているわけではないので、事実上社会的企業と認定可能なものも含まれている)。人口比で見たときに団体が特に多いのはフランスやスウェーデン、チェコやエストニアで、協同組合が特に多いのはスウェーデンやチェコ、イタリア、NPOが多いのはフランスやデンマーク、オーストリアやラトビアそしてスウェーデン、そして社会的企業が多いのはフランスやドイツ、ハンガリーやポーランド、ポルトガルやスロベニアなどとなっています。
これら団体は1150万人以上を雇用しており(内訳としてはNPOが620万人、協同組合が320万人など)、この数字はEUの就労人口の6.3%に相当しますが、総被雇用者に占める社会的経済分野の従業員の割合を見ると、ベルギーの12.4%が最も高く、次いでエストニア(10.7%)、フランス(9.5%)、ドイツ(8.6%)、スペイン・フィンランド(7.1%)そしてイタリア(7%)が続いているものの、全体的に西高東低の傾向が見られ(例外もありますが)、東欧の国の中にはルーマニア(1.1%)やブルガリア(1.3%)、クロアチア(1.4%)やポーランド・スロベニア(1.5%)のように社会的経済による雇用創出が進んでいない国もあります。
就労分野別にみると医療・介護部門が最も多く(330万人)、教育(70.2万人)や芸術・文化・エンターテイメント(62.2万人)が続き、正確な数字はないものの女性の占める割合が高くなっています。また、労働者以外の形で組合員または会員として協同組合やNPOに関わる人も多く、それぞれ9500万人および1億3500万人となっています。これら社会的経済の売上高を合計すると9120億ユーロ(2021年)となり、特にフランスやイタリア、スペインやフィンランドで協同組合部門の占める割合が大きくなっている一方(農協、生協、労協など)、クロアチアやチェコ、エストニアやフィンランド、ハンガリーやポーランドなどではNPOのほうが大きくなっています。しかし、EU加盟国の中でも社会的経済部門の統計が整っている国はまだまだ少ないことが、EU全体の経済規模を算出するうえでのネックとなっています。
その一方で、EUにおける社会的経済の認知度も、時代とともに変わってきました。2000年代は民主的な市民社会の強化が注目されていた一方で、2010年代になると社会的企業への関心が高まり、2023年に欧州委員会が出した社会的経済向けの最初の勧告につながりました。
しかし、各国の法制度における社会的経済の浸透度は、国によって大きな違いがあります。基本的にフランス、ベルギー、スペイン、ポルトガルなどではかなり浸透している一方、協同組合とNPOとの間に距離があるドイツやオーストリア、イタリアやフィンランドなどではこの概念はあまり使われていません。その一方で、クロアチアやチェコ、ハンガリーやラトビア、リトアニアやスロベニアといった国では最近、社会的経済に対する政策が充実し始めています。そして、キプロスやエストニア、オランダやスウェーデンなどではソーシャル・イノベーションや企業の社会的責任(CSR)などの概念のほうがより優勢であることから、社会的経済という考え方はあまり顧みられることはありません。さらに、南欧諸国やフランス、ポーランドやハンガリーなどでは社会的企業として協同組合を認定する法制度が整備されています。また、旧社会陣営諸国では、社会主義時代の協同組合に対する悪印象が未だに拭えていないことが、社会的経済の推進において足かせになっています。
また、社会的経済が比較的発達している業種もあれば、発達が遅れている業種もあり、同報告書では特に以下の分野についての概況が記述されています。
- 農業・食品: 国によって状況の違いはあるが、協同組合の存在感が大きい分野で、資本主義企業と比べて持続可能性への貢献が大きい。農協の市場シェアが特に大きいのはオランダ(83%)、フィンランド(79%)やイタリア(55%)。
- 文化・クリエイティビティ: 特に過疎地においてNPOによる文化財保全の活動が盛ん。オランダ、フランス、スウェーデン、スぺイン、ポルトガルで活発。美術館・博物館や史跡、それに自然保護区を運営するNPOや財団などもある。フランスやスペイン、イタリアではこの分野で活動する協同組合も多数存在。
- 再生可能エネルギー: エネルギー分野に取り組む協同組合は昔から存在。その現状については国により大きく異なるが(ドイツやイタリアでは伝統的な水力発電組合が、デンマークやオーストリアでは風力発電組合が主力)、小売価格の引き下げやエネルギー貧困(光熱費を払えなく暖房などに不自由を来している人の問題)、再生可能エネルギーの啓蒙推進活動、雇用創出や社会的紐帯の強化などの面で大きな役割を果たしている。
- 医療: 労組や生協、NPOや共済組合、財団などの形で多様な組織が従事し、スペイン、ベルギー、フランス、ドイツやポルトガルで重要な役目を果たし、公的医療制度でカバーされないサービスを提供。病院や診療所を運営したり、医薬品を提供したりする例も。また、公的医療が整備される前は共済組合という形で社会的経済が医療費をカバーしていたことにも言及。
- 観光: 現在のところ十分に可能性を開拓されていないが、障碍者向けの観光や農村観光の事例があり、社会的包摂企業系の事例はほぼすべての国に、小規模農業と観光を結びつける取り組みはフランスやアイルランド、イタリアやルーマニアに存在。基本的に通常の観光があまり目を付けない分野で成長中。
- 小売業: オランダやベルギー、フランスやオーストリアでは消費者生協はかなり退潮している一方、イタリアやスイス、そして北欧諸国では安定して存在。超大規模な消費者生協と小規模な消費者生協の二極化が進んでおり、後者は社会的包摂企業と統合している場合もある。
同報告書において社会的経済は、国家による各種サービスを代替することはできない一方で、社会的包摂や持続可能な開発、地域の団結や社会的な回復力、そして住民向けの福祉やグリーン経済、デジタル化の推進などにおいてメリットをもたらしていることが認められています。そして以下の7つの提案を行っています。
- 社会的経済への理解を向上
- 社会的経済の視覚性を向上、および共通のビジョンを助長
- 統計の生産と頒布を支援
- 社会的経済における共通された統計上の定義を採用
- 共通の指標やデータ収集手法の組み合わせを設定
- 共通の分類法を採用
- 統計作成中にさまざまなステイクホルダーが参加
社会的経済については、欧州域内外のいくつかの国で法律が制定され、それらの国では社会的経済が国の制度の一部として正式に認定されていますが、EU全体を通じた社会的経済の法制度化はまだ行われていないため、社会的経済の認知度に差があるのは確かです。欧州全体で社会的経済を推進してゆくためには、やはりそれに見合った法的基盤を整備する必要がありますが、社会的経済に対して各国間で理解に大きな差がある現状を考えると、最大公約数的な定義を作ることから始める必要があることでしょう。
また、今回の報告書ではEUに加盟する27ヶ国のさまざまなデータが収集されましたが、この報告書を参考として日本や韓国などアジア太平洋地域における社会的経済の動向についての研究を行うことも、期待されていると言えるでしょう。確かにアジア太平洋地域は基本的にEU域外ですが(太平洋にはニューカレドニアなど、フランス領がいくつかありますが)、社会的連帯経済の推進については2023年4月に国連総会で決議されており、日本もこれに従う義務があると言えます。諸外国と比べたうえでの日本における社会的連帯経済の強みと弱みを理解することは、社会的連帯経済の発展に向けた国際協力において欠かせない点ですが、この点で日本の研究者にも、この報告書が何らかの参考になればと思う次第です。
