世界各地で展開されている社会的連帯経済の事例を見ると、その出発点として2つの異なる哲学があり、それにより社会的連帯経済が目指す社会や経済のシステムにも違いが生まれています。今回は、その2つの観点について紹介したうえで、出発点が違うとどのようにその展望も異なっているかについて考えてみたいと思います。
社会的連帯経済の中にはNPOや財団といった非営利セクターが含まれますが、その非営利セクターの役割を特に強調する人たちの中には、社会的価値の創造を社会的連帯経済の中心価値と据えている人が多く見られます。確かに一般の資本主義経済、特に株式会社においては株主価値の最大化が企業の最大の使命になり、社会や環境への価値は二の次、三の次になることが少なくないので、利益追求を基本とする経済活動とは別に、利益は出にくいものの社会面や環境面で非常に意義深い経済活動をする団体の存在を認め、その活動を推進してゆこうというのが、この発想の出発点になります。
このような考え方の場合、利益が出る経済活動は基本的に大企業に任せ、主に利益が出ないので大企業が取り組まない分野を、社会的連帯経済が担当することになります。また、事業としては利益どころか赤字が出るものの社会的に特に有意義な事業の場合、行政からの補助金や企業・篤志家・財団などからの補助金などをもらえ、これにより持続させることもできます。このため資本主義経済との関係は、競争というよりも相互補完的、そして資金的には時に、先ほど言及した補助金を出してくれる資本主義経済に依存することになり、また行政との利害が一致した場合には、行政から事業委託を受けることができて、それにより安定した収入を得て本来の業務に専念することができるようになります。
その一方、もう一つの核となる哲学は、経済活動の民主的な運営です。このルーツを遡ると、19世紀前半に英国で生まれた労働者協同組合(労協)にたどり着きますが、これは資本主義企業と異なる経営体制を作ることで、当時の企業よく見られた低賃金長時間労働を克服し、あくまでも労働者の、労働者による、そして労働者のための事業運営を目指したものです。その後、農協や消費者生協、信用金庫などという形でも協同組合が設立されてゆきますが、組合員の組合員による、そして組合員のための事業運営という基本理念は変わらず共有されています。なお、このあたりの考え方については、ブラジルで連帯経済局長を長年務めたパウル・シンジェル(1932~2018)の主著「連帯経済入門」について詳しく紹介したこちらの記事をご参考にしてください。
このような協同組合が目指す経済は、関係者が自分たちで運営できるものです。たとえば労協合は集団自営業と言える存在であり、労働者組合員が複数で運営するため、その方法については労働者自身が自分で決めることができます。消費者生協については消費者が、自分たちの求める商品やサービスを手に入れるために経済活動を行っています。
これら協同組合が、先ほど話した非営利セクターと異なる点は、利益が出る分野に普通に進出ができるという点です。例えば消費者生協は、大学生協として学食や書店などを運営していたり、市街地でスーパーを運営したりしており、資本主義企業と同業種で経済活動を行っています。労協については、日本では2022年10月に労働者協同組合法が施行されたばかりであることもあってまだまだ発展途上と言えますが、スペイン・バスク州のモンドラゴングループに属する労協は、各種製造業でさまざまな商品を生産しており、同業種の資本主義企業と普通に競合しています。また、信用組合や信用金庫は金融機関として日本社会に広く定着しており、都市銀行や地方銀行と類似の金融商品などを提供する一方で、より地域に根差した金融活動を行うことでも知られています。
確かに社会的連帯経済の実践例を見ると、社会的価値の創造と経済活動の民主的な運営という両方の原則を実践している場合もありますが、それでも多くの場合、この価値観のうちどちらかが優先されることになります。社会的価値の創造が優先される場合、通常の大企業であってもそれなりに社会貢献をしていれば認めるという考え方になり、そこからCSR(企業の社会的責任)という概念が出てきます。CSRは、金銭的利益の追求が目的となりがちな企業も企業市民としてそれなりに社会的に責任を負っているため、それなりに社会貢献を行うべきだという考え方ですが、社会的価値の創造だけが判断基準になると、CSRを実現している大企業も社会的連帯経済の仲間と考え始める人が出てくるかもしれません。
また、特にNPOの中には、行政や大企業、または財団からの補助金や寄付金を受けて事業を運営している場合もありますが、この場合にこれら団体の単なる下請けになってしまう可能性も否定できません。社会的連帯経済の国連決議でも言及されている2024年6月の10日の国際労働機関(ILO)決議の中で社会的連帯経済が定義されていますが、そこでも「自治および自立」(英autonomy and independence)という用語が登場しており、社会的連帯経済の運営団体の自律性を損なわない形で運営が行われる必要があることが強調されています。特にNPOの場合は零細団体が少なくないことから、行政や大企業、財団に対してどうしても立場的に弱くなる可能性があるため、下請けではなく自立性を発揮できるような運営体制の確保が大切です。
その一方で、経済活動の民主的な運営を貫く場合、基本的に従来の資本主義と協調路線を取ることは難しくなりますが、その中でも社会的経済の場合、農業や漁業、食品などの小売業(消費者生協)や大学生協、そして金融機関(商業銀行は大企業などに融資する一方、信用組合や信用金庫などは地場の中小企業などに融資する傾向が強い)など、得意分野を中心としてある程度資本主義経済と住み分けができています。もちろん、実際には一般の資本主義と社会的経済との間で競争が行われる分野もあり、例えば小売業の場合には普通のスーパーやコンビニと協同組合のスーパーが競争していることも珍しくありませんが、基本的に資本主義と社会的連帯経済が並存している形になります。
また、特に社会運動起源の経済活動が主流の連帯経済の場合、通常の企業の経営方針への疑問から、自分たちで協同組合などを立ち上げた例もあります。たとえば、貸し渋りや貸しはがしを行ったり、倫理面や環境面などで問題のある企業に融資したりしている大手銀行への批判から倫理銀行やNPOバンクを設立したり、原発にこだわる電力会社への批判から再生可能エネルギーの消費者生協を作ったり、途上国のコーヒー農家を支えるべくフェアトレードの事業を立ち上げたりするというものです。この場合、従来型の企業に対する不満への代替案の設立がこれら事例の設立理由であることから、経済活動を通じた社会正義の実現が目的になり、従来型の企業は社会運動の観点から見るとその問題行動から告発やボイコットの対象になることもあります。そのような連帯経済の場合、「社会的価値の創造」で言及したような、従来の資本主義との協調路線を取りにくくなることも少なくありません。
このように、社会的連帯経済の基本的な価値観として挙げられることが少なくない、社会的価値の創造と経済活動の民主的な運営ですが、このどちらを出発点とするかによってその目指す方向性や発展の仕方がかなり変わってきます。日本で社会的連帯経済の事例に関わっている皆さんも、この2つの価値観の違い、そして日本における社会的連帯経済の推進における両方の価値観の位置づけについて、お考えになってみてはいかがでしょうか。