中国の新型総合補給艦「呼倫湖号」(CNR国防時空)

中国の新型総合補給艦「呼倫湖号」(CNR国防時空)※画像をクリックすると拡大します(以下同じ)

 北朝鮮は7月25日から8月16日にかけて、日本海へ向けて6回にわたりミサイルとみられる飛翔体の発射実験を行った。米韓合同演習への警告と新開発兵器の実験とみられているが、防衛省は「我が国領域や排他的経済水域(EEZ)への弾道ミサイルの飛来は確認されておらず、現時点において、我が国の安全保障に直ちに影響を与えるような事態は確認されていません」とのコメントを出し続けている。

 北朝鮮は、国連安保理決議によって、すべての核・ミサイル開発が禁じられており、日本にとっても安全保障上の重大な脅威につながる事態である。特に目標到達直前に複雑な航跡を描く、ロシア製イスカンダルに似たミサイルは迎撃が困難とされ、深刻だ。だが、自身の再選しか眼中にないトランプ米大統領が、北朝鮮との交渉はうまくいっているという演出を続け実験を問題視しない姿勢を打ち出している以上、日本政府はそうは言いづらいのだろう。

 では、領海やEEZについて、日本の権益が侵されるというのはどういうことなのか。
 日本は大小約6800もの島嶼群で形成する島国であり、これまで海に囲まれていることによって長らく平和が保たれてきた。しかし、海への国民の関心は高いとは言えない。

 「領海」とは国連海洋法条約により日本の主権が認められた、海岸線(低潮線)から12海里(約22.2㎞)の領域を指す。さらに領海線から外側に12海里までの領域に「接続水域」を設定している。領海のような排他的支配権は及ばないが、通関や出入国管理などの法令違反を取り締まることができる。尖閣諸島周辺では中国船が執拗に領海侵犯や接続水域航行を繰り返しており、資源開発でルール無視の活動も続けている。

①日本の海洋管轄海域。白抜き部分が排他的経済水域(海上保安庁)

①日本の海洋管轄海域。白抜き部分が排他的経済水域(海上保安庁)

 では「排他的経済水域(EEZ)」はどうか。EEZは同じく国連海洋法条約により、基線から200海里(約370㎞)の領域に設定し、漁業や天然資源の採掘、調査などの経済活動を排他的に管轄する。日本のEEZを示した図1を見ていただきたい。日本の国土面積は約38万㎢で世界第61位だが、EEZは約405万㎢、これに領海を加えた447万㎢が日本の管轄海域だ。日本の管轄海域の広さは米国、オーストラリア、インドネシア、ニュージーランド、カナダに次いで世界第6位、日本は世界に冠たる海洋国家なのである。ちなみに中国は世界第15位である。EEZでは他国の船舶の通航、航空機の上空飛行、他国による海底パイプライン敷設を禁止することができない。ただ、平和裏に利用するのが前提である。

 海洋国家日本が十分に管轄権を行使し海洋での平和共存を実現するには、海洋権益を守る強い意志と法整備、さらには海上保安庁や自衛隊の装備強化が必要である。一例を上げよう。南シナ海で中国と対峙しているヴェトナムである。2012年6月に成立した同国の新海洋法では、南シナ海の南沙諸島(英語名スプラトリー)と西沙諸島(同パラセル)の領有権を明記した上で、海洋紛争は平和的に解決するが、ヴェトナムの領海に入って来る外国政府の船舶や軍艦は、事前にヴェトナム政府の許可が必要と規定し、領海などを侵害されれば軍事的な自衛手段をとることも辞さないとしている。中国へのけん制である。それでも中国は西沙諸島周辺で一方的に石油掘削活動を開始したり、ヴェトナム漁船に体当たりして沈没させたり、南沙諸島付近で高速船によるヴェトナム漁船の追跡や銃による威嚇を行ったりしている。

 今年7月からは中国の海洋調査船「海洋地質8号」がヴェトナムの南沙諸島におけるEEZ内で12日間にわたって調査活動を重ね、ヴェトナム政府が抗議、両国の船は一週間にわたり洋上でにらみ合いを続けた。中国海軍は8月6日から7日にかけて西沙諸島の海域で実弾演習を行い、これを受けた形で「海洋地質8号」は7日にEEZから退去した。海賊が凄んだ上で立ち去るような所業だが、中国調査船は13日に再度ヴェトナムのEEZに侵入、ヴェトナム外務省が抗議した。いたちごっこの繰り返しである。南シナ海問題をめぐっては国連海洋法条約に基づく常設仲裁裁判所が2016年7月、中国が主張する南シナ海の領有権主張は無効であるとの判決を下し確定している。しかし、完敗した中国は判決を実力で覆せばいいと確信しているようだ。中国は国連海洋法条約を順守するどころか“無法国家”の振る舞いをやめようとはしない。

 では、日本が海上権益を守る上で最も重要な地点はどこか、それは南西諸島、とりわけ宮古島と沖縄本島間の約350㎞の海域、宮古海峡である。
 今年6月11日、中国の航空母艦「遼寧号」が5隻の僚船を随伴して宮古海峡を通過し太平洋に入った。遼寧号が宮古海峡を通過するのは3回目だ。当然、自衛隊も米軍も警戒・監視活動を行った。では遼寧艦隊はどこに向かったのだろうか。

②遼寧艦隊と米空母の航跡(多維新聞)

②遼寧艦隊と米空母の航跡(多維新聞)

 ニューヨークに拠点を置く華字紙「多維新聞」のサイトは、6月27日付で注目すべき地図を載せた。遼寧艦隊の航跡と米原子力空母ドナルド・レーガン攻撃群(ストライク・グループ)の航跡図を示した地図で、中国空母の航跡は赤、米空母の航跡は緑で示している(図②参照)。これによると、遼寧艦隊は宮古海峡から南東にほぼ一直線で約2300㎞航行し米軍の太平洋の重要拠点であるグアム島のすぐ西に迫った。その後艦隊は南下し、フィリピン・ミンダナオ島南部から西に進んで南沙諸島、西沙諸島を経て中国海軍の基地がある海南島で一旦入港、さらに東沙諸島から台湾海峡を北上して母港の大連港に戻った。
16日間の航海は米国と台湾をけん制し、さらに南シナ海で中国が領土と主張する島々への回航で軍事的に周辺国を威圧したものだ。取り分けグアム島を攻撃する能力を誇示すると同時に、2017年9月に就役した排水量5万トンの新型総合補給艦「呼倫湖(フールンフー)号」が艦隊に加わっていたことは特筆に値する。同艦は艦隊全部の給油を担う能力があり、中国海軍が長期の外洋航海に乗り出す意思を世界に示したわけだ。国内向けのアピールもあろうが、国連海洋法上の無害航行を逸脱した極めて挑発的な行動だ。

 一方、ドナルド・レーガン空母攻撃群は、台湾とフィリピン間のバシー海峡から南沙諸島を往復し、バシー海峡で周回するなど、バシー海峡通航阻止と南シナ海での中国の領土主張を牽制している。アメリカ海軍協会(USNI)のニュースサイトは毎週一回、世界で展開する米海軍軍艦の位置情報と任務を紹介している(Fleet and Marine Tracker)。それによると5月22日に横須賀港を出港した空母ドナルド・レーガンは、6月10日には南シナ海で海自の「いずも」と演習をしていたが、17日には台湾の東海上、24日にはフィリピンのルソン島東海上に移っているから、地図2の航跡とほぼ符合する。なお、遼寧艦隊の監視には、シンガポールから飛来した米海軍の哨戒機P-8ポセイドンも加わっていた。

③南西諸島。色が濃いほど水深が深い(海上保安庁)

③南西諸島。色が濃いほど水深が深い(海上保安庁)

 では、中国海軍はなぜ宮古海峡にこだわるのか。それは太平洋に出る近道であり、海峡の幅が広いだけでなく、中央地点からやや沖縄本島寄りの1か所に水深が深くて原子力潜水艦が容易に通過できるポイントがあるからだ(図③)。さらに日本の軍事的備えがまだ十分とはいいがたく、現状では中国にとっては通過しやすい海峡であるためだ。したがってここを「近づきたくない海峡」にすることが日本の安全保障上の最重要命題なのである。

 宮古島には戦前、旧日本軍の先島集団司令部がおかれ陸海約3万人が駐屯、戦後は米軍がレーダー基地としたが、1973年の沖縄本土復帰に伴い航空自衛隊が宮古島分屯基地を置いてレーダー部隊が活動している。尖閣諸島で頻発する中国海軍の領海侵犯・接続水域航行事件を受け、日本は南西諸島の防衛力強化を開始。航空自衛隊は2016年1月に福岡県・築城基地のF-15飛行隊を那覇基地に移し第9航空団を編成。2019年春に陸自は宮古島駐屯地を開設、2020年以降に地対空ミサイル・地対艦ミサイル部隊も配備する予定で、奄美大島にも駐屯地を開設してミサイル部隊を置く。また日本版海兵隊として2018年春に誕生した「水陸機動団」は今年7月下旬の米豪演習「タリスマン・セイバー19」に参加、上陸演習などの実戦訓練を始めている。しかし、まだ十分とは言えない。
日本政府は米国の短距離離陸・垂直着陸(STVOL)の最新鋭ステルス戦闘機F-35Bを42機購入し、護衛艦「ひゅうが」と「かが」を改造して空母とすることを決めている。空母3隻体制が整えば「任務遂行」「訓練」「整備」の3隻ローテーション体制が実現し、この海域での任務遂行や訓練実施を常態化させることで抑止力は確実に高まる。さらに潜水艦の増強、航空機から発射する新型の空対空ミサイル開発、さらには機雷敷設訓練などにより、いざとなったら宮古海峡を封鎖できる実力と意思を示すことは、尖閣諸島海域への抑止力にもつながる。

④第一次列島線(左側赤太線)と第二次列島線(右側赤太線)(The Global Security)

④第一次列島線(左側赤太線)と第二次列島線(右側赤太線)(The Global Security)

 中国海軍の父と仰がれる劉華清(海軍部長、中央軍事委員会副主席)は中国の空母建造と太平洋進出(ブルー・シー・ネイビー)を悲願とした。劉は日本列島から南西諸島、台湾、フィリピンに至る島嶼を「第一次列島線」、日本列島から伊豆諸島、小笠原諸島、グアム、サイパン、パプアニューギニアを結ぶラインを「第二次列島線」と命名し、二本のラインで囲まれた西太平洋海域での活動を目指した。近年、中国はこの地域でアンタイ・アクセス・エリア・ディナイアル(接近阻止・領域拒否=A2/AD)戦略を掲げ米軍を牽制している。しかし、公海に他国を近づけない戦略は妄想の産物だ。この戦略は第一次列島線突破、つまり宮古海峡突破を前提としている。日本が宮古海峡封鎖の力を整えれば宮古海峡は中国海軍のアキレス腱となる。中国は第一次列島線の西に封じ込められる。私はこの戦略を「対中A2/AD」と勝手に命名している。これは抑止戦略、究極の平和戦略なのである。中国には国連海洋法条約を守るしか未来を拓く道はない。(文中敬称略)
 

【参考文献】
『平成30年版防衛白書』防衛省
『遼寧艦編隊南海演訓練内情披露 中國軍方強硬表態』多維新聞網 (2019年6月27日)
Defend the First Island Chain” James R. Holmes (April 2014, The Proceedings)
Why Islands Still Matter in Asia: The Enduring Significance of the Pacific ‘Island Chains’” Andrew S. Ericson and Joel Wuthnow(5 February 2016, The National Interest)