百鬼夜行の国際政治

第18回

ロシアの軍事戦略と北方領土

1855年に日本とロシア帝国が定めた国境線(外務省)1855年に日本とロシア帝国が定めた国境線(外務省)

 今年は米、英、ソの三首脳が第二次世界大戦後の世界秩序の構築を協議した、1945年2月のヤルタ会談から75周年の節目の年に当たる。クリミアの保養都市ヤルタで8日間にわたり開かれた会談では、対日戦にソ連を何としても引き込みたいという米大統領フランクリン・ローズヴェルトの焦りに乗じ、ソ連首相ヨシフ・スターリンは「南樺太、千島列島、満州での権益と引き換えに対日戦に参戦する」秘密協定を手に入れた。戦後の北方領土(国後クナシリ歯舞ハボマイ諸島、色丹シコタン択捉エトロフ)返還問題はこの秘密協定に起因している。

 米英は第二次世界大戦における「領土不拡大」の原則を大西洋憲章とカイロ宣言に盛り込み、ソ連もカイロ宣言に参加していた。「この戦争によって新たな領土を手に入れることはできない」、「この戦争は領土獲得のための戦争ではない」という公約を高らかに世界に示していたのだが、偽りのスローガンで終わった。では、日本とロシアの間で、北方領土は歴史的にどのような位置づけだったのか。

幕末に来航したロシア帝国海軍中将プチャーチン(Sputnik)幕末に来航したロシア帝国海軍中将プチャーチン(Sputnik)

 幕末、アメリカは海軍提督マシュー・ペリーを日本に派遣し砲艦外交、つまり軍事力による威嚇で徳川幕府に開国と通商を迫った。ペリー派遣の動きを察知したロシア帝国・ニコライ1世は海軍中将エフィム・プチャーチンを派遣、プチャーチンの一行は1853年8月に長崎に到着した。ペリーの浦賀沖来航に遅れることわずか1カ月だった。プチャーチンはオランダ人医師フィリップ・シーボルトの助言を得て江戸ではなく長崎の地を選び、平和的な交渉の積み重ねで「開国と通商」を求めた。ロシアの一番の目的は、オホーツク海最大の島・樺太サハリンの国境を両国間で画定することだった。

 オホーツク海域を巡っては、アイヌと日本人が北方領土、樺太、それに18の島が連なる千島列島で居住・交易活動をしていたが、アムール川河口から樺太、カムチャッカ半島ではロシアの先住民も暮らしていた。樺太に関するロシアと幕府との交渉はまとまらず同島の国境画定は棚上げとなった。その上で、当時、両国間では自明のこととされていた国境、千島列島最南端の島である得撫ウルップ島と、日本側の北東端の択捉島の間を国境と確認し合い、1855年の日魯通行条約の締結に至ったのである。その後、日本は、日露戦争の勝利により樺太の南半分と千島列島を領土に加えた。ソ連は終戦直前に日本との中立条約を一方的に破棄して満州へ侵攻、さらに南樺太、千島列島と北方領土を占領しヤルタ秘密協定の既成事実化を図った。このうち満州については毛沢東の抗議で軍隊を引き揚げた経緯がある。

 日本が公式に南樺太と千島列島を放棄したのは1951年9月のサンフランシスコ平和条約による。ソ連は同条約に署名しておらず何ら権利を主張できない立場だったのだが、「北方領土は千島列島の一部」と強弁し続けた。1991年4月に来日したソ連大統領ミハイル・ゴルバチョフは、北方領土を公式に領土問題として認めた。つまり日ソ間に領土問題の係争があると立場を変えたことで、両国間の返還交渉が動き始めることになり今日に至っている。1991年12月のソ連崩壊後、ロシア連邦と協議は継続しているが、一向に進展がない。永年、交渉に携わってきた外務省出身の前国家安全保障局長,谷内正太郎は今年1月下旬の民放テレビの番組で、ロシア側が領土問題を盛り込まない形で無条件の平和条約締結を求めていることに加え、①第二次大戦の結果として北方領土が正式にロシア領になったと日本が認める②日本に駐留する全ての外国軍隊の撤退を要求している、と明らかにした。日本にとって受け入れ不可能な内容だ。ロシアの交渉方針を理解する鍵はロシアの軍事戦略にある。

テレビ対話で国民の質問に答えるプーチン大統領(2019年6月20日、Sputnik)テレビ対話で国民の質問に答えるプーチン大統領(2019年6月20日、Sputnik)

 今のロシアは依然、軍事大国ではあるが、国際通貨基金(IMF)によれば経済規模を示すGDP(国内総生産)は日本の4分の1。国土面積は世界最大だが国土の約6割は人が住めない永久凍土層である。経済規模の割に広大過ぎる国土を擁し、しかも西と南に北大西洋条約機構(NATO)の軍、北極点をはさんで米国・カナダと対峙し、極東では安全保障条約を結ぶ日米が立ちはだかっている。さらに欧米の経済制裁に喘いで軍事費は減少の一途をたどり、兵器の更新もままならない苦境が続いている。ロシアは歳入のほぼ5割を石油・天然ガス収入に頼り、GDPに占める国防費の割合は2015年の5.5%を頂点に2017年3.4%、2018年3%弱、2019年2.9%、2020年2.87%(計画)、2021年2.8%(同)と低下し続けている。これについて大統領ウラーディミル・プーチンは、2019年6月20日に行った年1回の「国民とのテレビ対話」で率直に苦境を認めながらも、このように語って胸を張った。

 「ロシアは国防費を年々削減し続けている。他の大国はこんなことはしていない。しかし、われわれが誇りに思わなければならないのは、穏やかな国防支出にもかかわらずわが国は軍事力と核の優位を保ち、ミサイル技術と超音速ミサイルの2分野で、ライバル(米国)よりも先を行っていることだ」
 プーチンの発言は、通常兵器には従来の様に費用をかけないという方針の表明だ。ロシアの軍需産業の現状について、バーミンガム大学のリチャード・コンノリイは「今のロシアは軍備でニューモデルを製造する能力がなくなり、改良型ばかりを生産している」とさらに重大な指摘をしている。

 プーチンが大統領に就任したのは2001年5月。当初は原油や天然ガスの輸出で外貨を稼ぎ経済は絶好調、彼は国民から圧倒的な支持を得た。だが、ソ連邦の解体は、国防に重大な構造変化をもたらした。欧米が最初にそれを認識したのは、ロシア国営ノーボスチ通信(現・スプートニク)が2009年8月初め、「ロシアがフランスの最新鋭多目的攻撃艦(ヘリ空母)『ミストラル級』艦船の購入を検討している」と報道したことによる。ロシアが敵対視して来た欧米の軍艦を購入するなど、青天の霹靂だった。

ロシアが手に入れたかったフランスのヘリ空母ミストラル(2020年3月27日、French Navy Photo)ロシアが手に入れたかったフランスのヘリ空母ミストラル(2020年3月27日、French Navy Photo)

 ミストラルは2006年に就役した全長210メートルの艦船で、司令塔を右端に寄せて船首から船尾まで平らにした全通型甲板を備え、大型ヘリコプターを16機搭載できる。さらに上陸用船艇4基と兵員450人、戦車13台などを輸送でき、災害時には避難民の救助にも当たり、病院船の機能も備えている。ロシアは2011年にミストラル級艦船2隻購入の契約を交わし、2014年6月には水兵400人をフランスの造船所に送り込んで、受け取りの訓練を実施。ロシアはこの2隻について、1番艦はウラジオストックを母港とする太平洋艦隊に、二番艦は黒海艦隊に配備し、技術習得を重ねてさらに同型艦を4隻ほど建造する計画だった。仏ロの契約は、当然のごとく欧米の猛反発を招いた。

 最新鋭空母を平然とロシアに売り渡すフランス政府の唯我独尊ぶりもさることながら、欧米軍事筋の驚きは、まったく新しい設計思想の船とはいえロシアが2万トン級の艦船を自前で建造する意欲を失っていたことを白日の下にさらしたことだった。伏線は2008年8月のロシア・グルジア(現ジョージア)戦争にある。黒海東岸に位置するグルジアの政府軍と、グルジア北部に位置してロシアと国境を接する親ロ勢力の南オセチア自治州軍との武力紛争にロシアが介入した戦争だ。戦争は同月中に停戦を迎えたが、ロシア軍は遥かに“格下”のはずのグルジア軍にてこずり、とりわけ黒海艦隊の上陸・侵攻能力の弱さが軍首脳に衝撃を与えた。フランスから完成したヘリ空母を輸入すれば、ロシアは海軍力を一気に高めることができると決断したのだった。

 旧ソ連では空母や大型艦船はウクライナの造船都市ムイコラーイウで建造された。帝政ロシアが黒海艦隊司令部を置いた土地で、ソ連崩壊で建造中止となりこの港にスクラップ状態の鉄塊として放置されていた空母「ヴァリャーグ(ヴァイキングの意)」の船体は、中国が買い取って空母「遼寧号」へと仕立て直した。現在のロシアでは大型艦船は建造できず、原子力潜水艦や小型艦艇を北極圏近くのバレンツ海やバルト海の造船所で建造している。ちなみに、ロシアが最初の多目的攻撃艦と呼ぶイワン・グレンは2018年6月に就役、全長120メートルで5500トン、ヘリ空母ではなく戦車や兵員300人を輸送する強襲揚陸艦にとどまっている。

北極点を挟んで対峙するロシアと米加(Business insider)北極点を挟んで対峙するロシアと米加(Business insider)

 現在、ウクライナの首都キエフには航空機製造会社アントノフの工場があるし、ロシア国境に近い東部にはヘリコプターや艦船のエンジン製造工場、ロケット弾やミサイル工場、大陸間弾道弾(ICBM)誘導システム工場など50社を越える軍需工場が密集し、ソ連崩壊後もロシアへ部品を供給していた。ところが2014年2月、親ロ派の大統領ヴィイクトル・ヤヌコヴィッチが最高会議により解任されロシアに亡命すると、ウクライナは親EU・NATO加盟を目指す方向に動き始める。危機感を募らせたロシアはクリミアとセヴァストポリ特別市をロシア領に編入。東部ではウクライナからの分離独立派勢力を支援し、今なおウクライナ軍と軍事衝突が続いている。セヴァストポリはクリミア半島南西岸の港湾都市で、ウクライナ海軍とロシア黒海艦隊の司令部がある。ロシアはヤヌコヴィッチ政権と2042年までの軍港駐留契約を結んでいたが、軍港使用を100%完全なものにしたかったのだろう。ロシアによるクリミア併合は世界が非難し、今日に至る米国、EU、日本の対ロ経済制裁が始まった。仏政府もミスラル級艦船の輸出契約を破棄、完成したミストラル級艦船はエジプトに売却した。

 経済制裁に対抗し、ロシアは2015年1月、新たな軍事政策を発表し①NATOへより攻撃的姿勢で臨む②北極海での軍事展開を飛躍的に高める③インド・中国との協力関係強化、を掲げた。ロシアが軍事戦略で北極海へ言及したのはこれが初めてで、天然資源が豊富な北極海を制することがロシアの将来の発展を約束する、との確信からだ。下の図は北極海の軍事状況を描いたものだ。赤丸はロシアの軍事基地、青丸は米加の軍事基地、薄緑は原油や天然ガス埋蔵地帯である。これを見るとロシアの北極海の権益へのこだわりがご理解いただけるだろう。北極海の西の入口バレンツ海の北方艦隊と、極東ウラジオストックの太平洋艦隊を両翼として、ロシアの核心的利益を生む北極海を守る戦略を築いているのである。

 バルチック海でロシアと国境を接するバルト3国は、ソ連から独立しNATOに加盟。このうち人口約130万人のエストニアの首都タリンにはNATOのサイバー防衛協力研究機関とサイバー攻撃防衛センターがある。同じく加盟国のポーランドには、ミサイル防衛を担務するイージス艦の陸上版、イージス・アショアを米が建設中だ。ロシアの盟友だった隣国ベラルーシは今年3月初め、イギリスの特殊部隊と合同演習を実施した。ロシアがNATO東進の足音が迫っていると感じるのも理解はできるが、それはロシアの度重なる攻撃的振る舞いが招き寄せたものでもある。

歴史的抗争の地である黒海の地図(biglobe.ne.jp)歴史的抗争の地である黒海の地図(biglobe.ne.jp)

 今、ロシア軍の行動が最も先鋭化しているのは黒海である。黒海からトルコ、さらに地中海東部の「レヴァント地方(現在のシリア、レバノン、イスラエル、ヨルダンの地)」は、ロシアが何世紀にもわたる南下政策で戦争を繰り返した地域である。南シナ海の中国海軍と同様、ロシア海軍は黒海で敵軍を近づかせない「接近阻止・領域拒否(A2AD)」の戦略を展開し、戦闘機も加わってNATO軍艦船への危険な威嚇行動を繰り返している。ロシアは黒海とレヴァントを一体ととらえている。過去の栄光にこだわってヤマアラシのように周囲を威嚇し続ければ、経済制裁の解除は不可能だろう。

 ソ連海軍の艦長経験があり1983年から1990年までウクライナ海軍提督の任にあったイーヒョル・カバネンコは「黒海艦隊の水上艦船の8割以上がソ連時代の建造で老朽化しており、厳しい財政事情下、新しい艦船の補給もままならない」と記している。建造が始まっても計画が大幅に遅れ、ガスタービンエンジンやミサイル防衛システムなどにも深刻な問題を抱えているとも指摘。艦隊の弱点を沿岸のミサイル増強や1000基もの機雷敷設でカバーしているという。

 それでは北方領土があるオホーツク海を見てみよう。ロシアにとって極東は最も脆弱な地域である。ソ連時代に800万人だった人口は2018年には616万人(推計値)に落ち込んだ。ロシア政府が期待するのはオホーツク海域の地下資源だ。太平洋艦隊が母港とするウラジオストックは札幌とほぼ同緯度にある。地図を見れば一目瞭然なのだが、日本海に“封じ込められた”軍港である。ウラジオストックから太平洋に出るには津軽海峡を通過するしかない。艦隊そのものの弱点についてオスロの平和研究所教授のパーヴェル・ベーフは「旗艦だった巡洋艦ヴァリャーグは1983年就役の老朽艦でオーバーホール中。代わりには小型のコルベット艦が配備され、ディーゼル潜水艦も建造中。ロシア海軍で最も弱体な艦隊である」と分析している。ミストラル級ヘリ空母の契約破棄で、ロシアは太平洋艦隊強化の夢がついえたのである。

 米国にとって空母は軍事力のシンボルであり、中国もその後を追っている。空母の夢が破れたロシアは、弱体化が進行している海軍戦力を約70機の戦略爆撃・海上偵察機の定期的飛行による示威活動で補っている。このうちツボレフTu-95は就役から60年を越えているが、搭載ミサイルやセンサーの威力は侮れないという。

ロシアの海上偵察機ツボレフTu-142をアラスカ防空識別圏手前で阻止する米戦闘機(March9,2020 NORAD)ロシアの海上偵察機ツボレフTu-142をアラスカ防空識別圏手前で阻止する米戦闘機(March 9,2020 NORAD)

 最後に北方領土の軍事的意義について触れよう。北方領土はオホーツク海の出入り口に位置し、幕末に帝政ロシアと国境と定めたエトロフ海峡(幅約40キロメートル・水深1300メートル)は原子力潜水艦の通過にも適している。オホーツク海は平均水深約840メートルと深く、“海の忍者”原子力潜水艦がじっと潜み、ロシアが核攻撃を受けた際には報復の核攻撃を行う場所として最適である。またロシアのミサイル実験は、北極海西側のバレンツ海で発射したミサイルがシベリア上空を越えて飛行しオホーツク海に着水する方式で実施している。太平洋艦隊の原潜基地はカムチャッカ半島太平洋岸のペトロパヴァロフスクに置いているが、原潜が基地とオホーツク海を自由に行き来できることはロシアにとって極めて重要だ。ロシアが国後島と択捉島に軍事施設を築き、3500人の部隊を駐留させ、さらに国後島とウルップ島に地対艦ミサイルを配備しているのも上記の理由による。さらにロシアはサハリンからアムール側方面への防衛力強化に乗り出しており。オホーツク海全域の要塞化を目指している。もし、北方領土を返還すれば、日本の領海に続く200海里の排他的経済水域(EEZ)が設定されてロシアは豊かな漁場を失うし、オホーツク海に眠る石油や天然ガス資源の開発に大打撃をこうむる。

 ロシア極東に外国から投資を呼び込むため2016年9月にウラジオストックで開かれた第2回東方経済フォーラムに際し、プーチンはアメリカの経済誌「ブルームバーグ」のインタヴューで日ロの領土問題を問われ「領土と経済を取引することはない」ときっぱり語った。ロシアは豊饒の海を手放すことはないだろう。

(本文中敬称略)

主な参考文献

  • 『令和元年版防衛白書』防衛省
  • «Toward a Dual Fleet? The Maritime Doctrine of the Russian federation and the Modernisation of Russian Naval Capabilities» Richard Connolly (CC BY-NC-ND, 12 Jul 2017)
  • «Russia’s Military strategy and Doctrine» Glen E. Howard and Mathew Czekai (The Jamestown Foundation)
  • «Mistral deal-2009» Global Security Org
  • «’Complex Ties: Russia’s Armed Forces Depend On Ukraine’s Military Industry» Charles Recknagel (Radio Flee Europe Radio Liberty, March 28, 2014)
  • «Shipbuilding May Limit Russian navy’s future» The Maritime Executive,11-27-2015
  • «Meet Russian’s TU-95 Bomber: 60 years Old and still Flying» Sebastien Robin (The National interest, March 3, 2020)
  • «Vladimir Putin Just Wants to Be Friends» Interview by John Micklethwait (The Bloomberg, September 8, 2016)
コラムニスト
竜口英幸
竜口英幸
ジャーナリスト・米中外交史研究家・西日本新聞TNC文化サークル講師。1951年 福岡県生まれ。鹿児島大学法文学部卒(西洋哲学専攻)。75年、西日本新聞社入社。人事部次長、国際部次長、台北特派員、熊本総局長などを務めた。歴史や文化に技術史の視点からアプローチ。「ジャーナリストは通訳」をモットーに「技術史と国際標準」、「企業発展戦略としての人権」、「七年戦争がもたらした軍事的革新」、「日蘭台交流400年の歴史に学ぶ」、「文化の守護者──北宋・八代皇帝徽宗と足利八代将軍義政」、「中国人民解放軍の実力を探る」などの演題で講演・執筆活動を続けている。2018年4月、福岡市の集広舎から「海と空の軍略の100年史──ライト兄弟から最新極東情勢まで」を出版。
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