燕のたより

第41回

ニセ札、ニセの紙幣識別機、ニセの両替支店、何から何までニセ !?

真札とニセ札 下は透かしの100(通し番号の下)が見えない

▲真札とニセ札 下は透かしの100(通し番号の下)が見えない

 さる七月三一日、二〇二二年冬季オリンピックの開催都市が北京に決まった。
 その日、私は北京に向かおうと関空にいたが、あいまいな説明のまま大幅に遅れていた。五時間ほどして、ようやく飛び立ち、一年半ぶりに、北京国際空港に到着した。
 入国手続きを終え、スーツケースを受けとると、税関の横に両替所があり、十一万円を中国の人民元に両替した。中にいた男性は、人民元の紙幣を機械に通し、私のパスポートを見て、紙幣と硬貨を渡した。
 もうだいぶ遅い時間で、後ろに列ができていたので、人民元を受けとると、急いで税関を通り、出口から出た。

 翌日、タクシーで友人たちと待ち合わせた喫茶店に向かった。到着して、百元紙幣を渡すと、運転手は「これは使えない。他のにしてくれ」と返してきた。「どうして?」とたずねると、彼は「これはレベルの低いニセ札だ」と答えた。そして、まず室内灯に備え付けた小さなブラックライト(紫外線ライト)の光をあてて、すかして見えるはずの毛沢東の肖像や100の数字が現れないのを示した。次に、指先でなぞって「ツルツルしている」と言った。最後に紙幣を耳に近づけて中指ではじき、また手でもみ、「ササッと澄んだ音がしない」と説明した。つまり、三つの方法で、彼はニセ札であることを証明したのである。まことに手慣れたものであった。

タクシーのにせ札識別のためのブラックライト

▲タクシーのにせ札識別のためのブラックライト

 仕方がないので、友人たちと喫茶店に入った。そこには紙幣識別機があり、両替した紙幣を全部チェックしてもらった。すると、もう一枚、ニセ札が出てきた。
 私は空港の両替でも、目の前で機械を通したのに、どうしてか不思議だった。すると、店員は、二つの可能性があると説明した。

 ①紙幣識別機のニセ札を識別するボタンを押していない。
 ②紙幣識別機自体がニセもので、ただ数えるだけである。

 そして、たとえ室内に監視のモニターがあっても、①の操作は分からないようにすると、店員は付け加えた。
 これを聞いて、友人は「組織的な犯罪か、そうでなくとも、個人的な犯罪だな。そこでは一日で何人もの外国人が両替するだろう。その中に一枚か二枚のニセ札を混ぜれば、ばく大な利益を出せる。それに、外国人の多くは言葉に不自由し、また滞在期間が短いので、訴えることが難しい。しかも、税関を通過して外に出たら、もう戻れない」と言った。
 それで、両替した時に渡された伝票「兌換水単、Exchange Memo」を取り出し、そこに記された「通済隆外币兌換(中国)有限公司第二兌換店(Travelex Currency (China) Limited. Beijing Airport No.2 Store)」をインターネットで調べ、その本社に電話した。両替店は銀行だと思っていたが、何と両替の会社だった。
 電話に出た男性が「店の電話番号を教えてくれと」いうので、伝票に記載してある電話番号を教えると、「それは個人の携帯電話だから、ニセの店だ。正規の店には必ず固定電話がある」と言った。「携帯電話でも、会社の名前を使って営業しているから、調べなければならないだろうと」言うと、彼は「第二兌換店は存在していない。きっとニセの店だ」と答えた。「エーッ! 北京国際空港の両替店がニセだなんて!」と驚くと、「今じゃ、両替店はみな請負制になっていて、個人経営でやっている」と言った。「それでは警察に届ける」と言うと、彼は口調を改め、「調べて、支店から直接電話する」と言った。しかし、電話は来なかった。

 その翌日、伝票の携帯電話にかけると、男が出た。どうも、昨日の本店の男と同一人物のような声だった。両替した紙幣の中にニセ札があったことを言うと、彼は「紙幣は客の目の前で機械に通しているから、ニセ札はない。タクシーの運転手が手品のようにサッとニセ札に代えたのだ。運転手が本物とニセ札をすり替えるのが横行している」と言って、応じなかった。
 そのため、110にかけて、警察に通報すると、「北京空港の派出所に連絡し、そちらから連絡する」と答えた。しかし、一日たっても連絡はなかった。

 こちらから派出所に電話をかけ、ニセ札について経緯を説明し、「タクシーの領収書を持っているので、調べてください」と言うと、警察は「タクシーは北京市に登録してある正規のタクシーではなく、ヤミのタクシーかもしれない。領収書も偽造したものかもしれない。だから、調べようがない」と答えた。しかし、私はタクシーのナンバーなど言ってなかった。つまり、警察は根拠もなくタクシーをニセと決めつけ、調べようとしなかった。
 また、警察は「ニセ札を手にしてから六日以内に出頭したら、調べる。ニセ札は取り締りのために没収する」と言ったので、「もう三日たっていて、これから三日間も予定がつまっている。派出所には行けないので、友人を代理したい」と言うと、「ダメだ。本人でなければならない」と答えた。友人の言うとおり、確かに外国人に不利にできている。

 このようにして、紙幣はニセ札、紙幣識別機もニセもの、伝票もニセもの、支店もニセ、タクシーもニセ(ヤミ)、タクシーの領収書もニセなどと、ニセが六つも出てきた(タクシーの場合は警察の決めつけ)。
 この状況を、微信(ウェイシン、中国式インスタント・メッセンジャー)などのSNSを通じて友人たちに伝えると、様々な反応があった。一番多いのは「偉大なる中華民族のメンツ丸つぶれだ」などの憤慨であった。次に多かったのは、機械を操作する手口であった。
 具体的な例もあった。定年退職の父が銀行のATMから年金を受けとり、水道料金や電気代を払おうとすると、数枚のニセ札が混ざっていた。それを銀行に持って行き、取り替えてくれというと、銀行は認めなく、孫悟空の「火眼金晴」のような眼力を身につけろと言った。
 また、早く使って、他の人に回せというアドバイス(?)もあった。実際、ニセ札は日常的に流通していると言っても過言ではない。どのタクシーにもニセ札を識別するブラックライトが備えられている。
 ニセ札だけでなく、ニセの酒、ニセのたばこ、ニセの薬、ニセの結婚、ニセの学位、ニセの契約書、ニセのパスポート、人間性もニセだというメッセージもあった。
 さらに、「你国」(「おまえの国」で、私とは無関係という意味の新語で流行している)の共産党政権もニセで、合法性が全くないというのさえあった。

 北京を離れる日、空港へ向かうタクシーにはやはりブラックライトがあり、女性ドライバーとニセ札の話をした。
 彼女の兄は、実家で農業を営んでいる。以前、牛を購入しようと、信用金庫から貯金をおろしたが、その中にニセ札があった。彼は「汗水垂らして稼いだ金なんだ」と抗議したが、結局は泣き寝入りするしかなかった。何とか不足分は補って、牛を購入することはできた。
 また、彼女はニセ札だと分かると、「これちょっと破れているから、他のに代えて」などとやんわり言うと説明した。百元札や五十元札のニセ札で料金を払い、おつりを手に入れる犯罪が横行しているので、ニセ札だとはっきり言うのは身の危険を感じるからである。
 路上の「中華民族復興の夢」、「華麗な祭典五輪開催」など国威を発揚する看板をながめながら「反腐敗キャンペーンが進められているのに、ニセ札が使われているなんてね」と言うと、彼女は「政府」は「正腐」(同じチュンフゥという発音)、「法院」は「猾院」(同じファユァンの発音)だから、私の「夢」はニセの警官がゆすりに来ないことだわと答えた。

コラムニスト
劉 燕子
中国湖南省長沙の人。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在は関西の複数の大学で中国語を教えるかたわら中国語と日本語で執筆活動に取り組む。編著に『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、邦訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』(中国書店)、『中国低層訪談録:インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(集広舎、共訳)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎、監修・解説)、中国語共訳書に『家永三郎自伝』(香港商務印書館)などあり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生与后世?』など多数。
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