
▲真札とニセ札 下は透かしの100(通し番号の下)が見えない
さる七月三一日、二〇二二年冬季オリンピックの開催都市が北京に決まった。
その日、私は北京に向かおうと関空にいたが、あいまいな説明のまま大幅に遅れていた。五時間ほどして、ようやく飛び立ち、一年半ぶりに、北京国際空港に到着した。
入国手続きを終え、スーツケースを受けとると、税関の横に両替所があり、十一万円を中国の人民元に両替した。中にいた男性は、人民元の紙幣を機械に通し、私のパスポートを見て、紙幣と硬貨を渡した。
もうだいぶ遅い時間で、後ろに列ができていたので、人民元を受けとると、急いで税関を通り、出口から出た。
翌日、タクシーで友人たちと待ち合わせた喫茶店に向かった。到着して、百元紙幣を渡すと、運転手は「これは使えない。他のにしてくれ」と返してきた。「どうして?」とたずねると、彼は「これはレベルの低いニセ札だ」と答えた。そして、まず室内灯に備え付けた小さなブラックライト(紫外線ライト)の光をあてて、すかして見えるはずの毛沢東の肖像や100の数字が現れないのを示した。次に、指先でなぞって「ツルツルしている」と言った。最後に紙幣を耳に近づけて中指ではじき、また手でもみ、「ササッと澄んだ音がしない」と説明した。つまり、三つの方法で、彼はニセ札であることを証明したのである。まことに手慣れたものであった。

▲タクシーのにせ札識別のためのブラックライト
仕方がないので、友人たちと喫茶店に入った。そこには紙幣識別機があり、両替した紙幣を全部チェックしてもらった。すると、もう一枚、ニセ札が出てきた。
私は空港の両替でも、目の前で機械を通したのに、どうしてか不思議だった。すると、店員は、二つの可能性があると説明した。
①紙幣識別機のニセ札を識別するボタンを押していない。
②紙幣識別機自体がニセもので、ただ数えるだけである。
そして、たとえ室内に監視のモニターがあっても、①の操作は分からないようにすると、店員は付け加えた。
これを聞いて、友人は「組織的な犯罪か、そうでなくとも、個人的な犯罪だな。そこでは一日で何人もの外国人が両替するだろう。その中に一枚か二枚のニセ札を混ぜれば、ばく大な利益を出せる。それに、外国人の多くは言葉に不自由し、また滞在期間が短いので、訴えることが難しい。しかも、税関を通過して外に出たら、もう戻れない」と言った。
それで、両替した時に渡された伝票「兌換水単、Exchange Memo」を取り出し、そこに記された「通済隆外币兌換(中国)有限公司第二兌換店(Travelex Currency (China) Limited. Beijing Airport No.2 Store)」をインターネットで調べ、その本社に電話した。両替店は銀行だと思っていたが、何と両替の会社だった。
電話に出た男性が「店の電話番号を教えてくれと」いうので、伝票に記載してある電話番号を教えると、「それは個人の携帯電話だから、ニセの店だ。正規の店には必ず固定電話がある」と言った。「携帯電話でも、会社の名前を使って営業しているから、調べなければならないだろうと」言うと、彼は「第二兌換店は存在していない。きっとニセの店だ」と答えた。「エーッ! 北京国際空港の両替店がニセだなんて!」と驚くと、「今じゃ、両替店はみな請負制になっていて、個人経営でやっている」と言った。「それでは警察に届ける」と言うと、彼は口調を改め、「調べて、支店から直接電話する」と言った。しかし、電話は来なかった。
その翌日、伝票の携帯電話にかけると、男が出た。どうも、昨日の本店の男と同一人物のような声だった。両替した紙幣の中にニセ札があったことを言うと、彼は「紙幣は客の目の前で機械に通しているから、ニセ札はない。タクシーの運転手が手品のようにサッとニセ札に代えたのだ。運転手が本物とニセ札をすり替えるのが横行している」と言って、応じなかった。
そのため、110にかけて、警察に通報すると、「北京空港の派出所に連絡し、そちらから連絡する」と答えた。しかし、一日たっても連絡はなかった。
こちらから派出所に電話をかけ、ニセ札について経緯を説明し、「タクシーの領収書を持っているので、調べてください」と言うと、警察は「タクシーは北京市に登録してある正規のタクシーではなく、ヤミのタクシーかもしれない。領収書も偽造したものかもしれない。だから、調べようがない」と答えた。しかし、私はタクシーのナンバーなど言ってなかった。つまり、警察は根拠もなくタクシーをニセと決めつけ、調べようとしなかった。
また、警察は「ニセ札を手にしてから六日以内に出頭したら、調べる。ニセ札は取り締りのために没収する」と言ったので、「もう三日たっていて、これから三日間も予定がつまっている。派出所には行けないので、友人を代理したい」と言うと、「ダメだ。本人でなければならない」と答えた。友人の言うとおり、確かに外国人に不利にできている。
このようにして、紙幣はニセ札、紙幣識別機もニセもの、伝票もニセもの、支店もニセ、タクシーもニセ(ヤミ)、タクシーの領収書もニセなどと、ニセが六つも出てきた(タクシーの場合は警察の決めつけ)。
この状況を、微信(ウェイシン、中国式インスタント・メッセンジャー)などのSNSを通じて友人たちに伝えると、様々な反応があった。一番多いのは「偉大なる中華民族のメンツ丸つぶれだ」などの憤慨であった。次に多かったのは、機械を操作する手口であった。
具体的な例もあった。定年退職の父が銀行のATMから年金を受けとり、水道料金や電気代を払おうとすると、数枚のニセ札が混ざっていた。それを銀行に持って行き、取り替えてくれというと、銀行は認めなく、孫悟空の「火眼金晴」のような眼力を身につけろと言った。
また、早く使って、他の人に回せというアドバイス(?)もあった。実際、ニセ札は日常的に流通していると言っても過言ではない。どのタクシーにもニセ札を識別するブラックライトが備えられている。
ニセ札だけでなく、ニセの酒、ニセのたばこ、ニセの薬、ニセの結婚、ニセの学位、ニセの契約書、ニセのパスポート、人間性もニセだというメッセージもあった。
さらに、「你国」(「おまえの国」で、私とは無関係という意味の新語で流行している)の共産党政権もニセで、合法性が全くないというのさえあった。
北京を離れる日、空港へ向かうタクシーにはやはりブラックライトがあり、女性ドライバーとニセ札の話をした。
彼女の兄は、実家で農業を営んでいる。以前、牛を購入しようと、信用金庫から貯金をおろしたが、その中にニセ札があった。彼は「汗水垂らして稼いだ金なんだ」と抗議したが、結局は泣き寝入りするしかなかった。何とか不足分は補って、牛を購入することはできた。
また、彼女はニセ札だと分かると、「これちょっと破れているから、他のに代えて」などとやんわり言うと説明した。百元札や五十元札のニセ札で料金を払い、おつりを手に入れる犯罪が横行しているので、ニセ札だとはっきり言うのは身の危険を感じるからである。
路上の「中華民族復興の夢」、「華麗な祭典五輪開催」など国威を発揚する看板をながめながら「反腐敗キャンペーンが進められているのに、ニセ札が使われているなんてね」と言うと、彼女は「政府」は「正腐」(同じチュンフゥという発音)、「法院」は「猾院」(同じファユァンの発音)だから、私の「夢」はニセの警官がゆすりに来ないことだわと答えた。
