BOOKレビュー

徳澄雅彦氏書評『路遥作品集』

路遥作品集 - ジャケット路遥作品集

選訳/安本 実
発行/中国書店
四六判/並製/518頁
定価/3780円(税込)

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書評『路遥作品集』安本実選訳
なぜ、いま路遥(ルーヤオ)なのか。

 黄土高原が産んだ貧農出身の作家、路遥の作品が日本で紹介されることは、これまで比較的に少なかった。しかし92年に42歳の若さで世を去った彼の作品は、中国では彼の没後も依然として読み継がれている。路遥は中華人民共和国の誕生と同時期に生をうけ、国家の苦難の歩みと共に青年期を過ごした。陝西省北部の極度の貧困や飢餓の生活に耐えながら、必死に学び、文学の路を追求した。

 本書は、彼の生誕60周年記念として、その輝かしい成果である中編小説「人生」(82〜83年全国優秀長編小説賞)をメインに、短編「姉」「月下」「困難な日々に在りて」「痛苦」の4篇を配し、路遥文学の逞しい骨格と青春の色彩を披瀝している。これは、そのあとの大長編「平凡な世界」(86〜89年)へと続く、一連の高い山脈とみなされよう。

 作品のすべての主題は、人民共和国創世期における「三大格差」にある。即ち「農業と工業」「農村と都市」「肉体労働と頭脳労働」の信じがたい差別、それに加えて、揺れ動く下部権力構造の酷薄さが、農民の明日を不安なものにする。恋愛さえも継続発展を許されない、新中国に残存する頑迷な封建制が、若者たちに悲劇を繰り返させる。その実態を自らの経験から容赦なく明らかにする路遥は、いわば「黄土高原の語りべ」である。

 なぜこれらの作品が躍進する現在の中国にあって若者や民工(都市流入労働者)に熱心に読まれるのか。いま中国を覆う失業、就職難、農村戸籍問題など……不安な人生を感じている人々にとって、共感と慰撫、そして希望、勇気を与えてくれる「実感の文学」がそこにあるからであろう。

 翻訳の巧みさもあって、陝西省北部の農村の雰囲気に満ち、文章随所に登場する老若農民、各種の動物、樹木、草花、作物、野菜畑、そして生活感あふれるヤオトン住居、移り変わる四季の風景などの多彩な描写も、これらの作品の魅力であり、文学性を高揚している。

 なお、当時の政治・経済・教育・社会現象などの用語について、各篇末に詳細な訳注があり、読者にとっては、路遥研究の第一人者である訳者の「あとがき」も貴重な資料となる。

 中国現代文学の愛好者のみならず、社会史の研究者にとっても待望の作品集といえよう。

評者:徳澄雅彦──『中国文化大革命事典』(中国書店発行)監訳者

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