集広舎の本

煙草ゲリラの反撃

書名:煙草ゲリラの反撃
著者:菊池一隆
発行:集広舎/四六判/並製/248頁
価格:本体1,818円+税
発売予定日:2022年12月10日
ISBN:978-4-86735-037-9 C093
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紹介

「万国の煙草族、愛煙家は団結せよ!」
20XX年、「煙草を吸う者は死刑」とする法案が可決される。7月7日,禁煙ファシズムに抗して男女14人の多国籍抵抗グループが東京に集結,非暴力煙草ゲリラの決行日を8月15日とした──。
表題作に「地球煙草紀行」を併録,歴史学者による“煙草小説”刊行!

目次

1 煙の社会/2 上京/3 就職/4 大阪出張/5 禁煙趨勢/6 禁煙・禁煙・禁煙、ああ禁煙/7 理論武装/8 煙草値段の暴騰/9
悲鳴/10 煙草族の抵抗開始/11 武闘/12 弾圧/13 禁煙団と禁煙踊り/14 禁煙超党派内閣の成立/15 第一回抵抗会議1/16
第二回抵抗会議/17 煙草ゲリラ/18 死刑

地球煙草紀行
1 アジア煙草事情/2 オセアニア煙草事情/3 マダガスカル・南アフリカ煙草事情/4 ヨーロッパ煙草事情/5 ロシア煙草事情/6
アメリカ・カナダ煙草事情/7 中米煙草事情/8 日本帰国
前書きなど

本文より

18 死刑

 ついに地裁で僕に対して「死刑」判決が出た。裁判員裁判でも一部の裁判員に動揺が見られたとはいえ、全員が「死刑」に賛成し、最終的には異論は出なかった。一応、高裁でも「死刑」、最高裁に上訴したが、却下された。煙草を吸ったことによる初めての死刑判決である。見せしめであろう。思っていたほどの動揺はなかった。
 他の煙草ゲリラ参加者の十人は無期懲役から懲役二、三年の有期刑となった。これでいいのだと思う。全員が死刑になる必要はない。僕一人で充分だ。検挙されなかった三人がどうなったのか、分からない。逃げおおせることを心より祈った。
 担当の看守は、「あんた以外も厳罰となるが、死刑にはならないだろう」と予言していた。その通りになった。
 なぜ僕だけが死刑かというと、計画者、実行者で、ニコチン・タールが最も強い缶入りピースを吸ったからだ、と聞いた。伊集院は老人であるし、温情で最低の懲役二年となった。彼は煙草を銜えて数歩、歩んだだけで転び、取り押さえられたのだから当然だろう。

 ところで、この担当の看守は温情のある面白い男だった。人生最後にこうした看守と出会えたことは幸いだった。
 看守は、「昔はヘビースモカーで、一日五箱を吸っていた」と自慢した。「けれど必死で止めたのだよ。だって仕事がなくなるでしょう。食えなくなるでしょう。……あんたも煙草法が出た段階で止めればよかったのだよ」。
 看守は「内緒だよ」と言いながら、いろいろな情報を教えてくれた。とにかく彼は口が軽い。各新聞は一斉に「死刑判決は当然」と書き立てている、と。
 死刑存続論者である法務大臣の気まぐれな決定が何時になるか分からない。死刑になるまでの期間はどのくらいあるのか分からないのだ。看守は頼んでいたノートとペンは差し入れてくれた。死刑の期日がいつになろうとも、その日まで「煙草ゲリラ」の顛末を書いておきたい。心は静かだ。できれば、このノートを完成させるまでは何とか処刑されないことを望むだけだ。

著者プロフィール

菊池一隆(きくち・かずたか)
1949年,宮城県に生まれる
筑波大学大学院博士課程単位取得満期退学
愛知学院大学名誉教授,博士(文学),博士(経済学)
専門:中国近現代政治経済史(戦争史,台湾史など)
■主要著書
『日本人反戦兵士と日中戦争──重慶国民政府地域の捕虜収容所と関連させて』御茶の水書房,2003年
『中国抗日軍事史1937-1945』有志舎,2009年
『台湾北部タイヤル族から見た近現代史──日本植民地時代から国民党政権時代の「白色テロ」へ』集広舎,2017年
『台湾原住民オーラルヒストリー──北部タイヤル族和夫さんと日本人妻緑さん』集広舎,2017年
『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊──台湾原住民の太平洋戦争』平凡社新書,2018年
『中国国民党特務と抗日戦争』汲古書院,2022年
【詩集】
『雪中行』プランニングエイジ,1989年
『天涯回夢』河北印刷株式会社,2000年
『躯の中の環球』あるむ,2015年
他に『菊池一隆教授退職記念論集──東アジア近現代世界の諸相』集広舎,2022年

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