アジアから見る日中

第18回

真のグローバル人材とは

日本の若者が集うホーチミンのゲストハウス

▲日本の若者が集うホーチミンのゲストハウス

 ここ数年、日本では「グローバル人材」なる言葉がよく使われている。筆者も某大学で、グルーバル人材についての講義を依頼されたことがあるが、この言葉の定義については、大学生やそこで教える先生と、話がかみ合わないことがあり、かなり意外に思ったことを覚えている。

 日本で一般的に言われているグローバル人材とは、英語などの外国語ができて、海外で活躍できる人材、と纏めることができるかと思う。それ自体は間違っていない気もするが、例えば「中国語を使って、中国に駐在し、中国ビジネスができる人材」と言われると、いやそれは「ローカル人材では」とつい、口走ってしまうのである。中国でしか使えないのであれば、それはグローバルではない。すると相手は定義を失い?困ってしまうようで、「ではグローバル人材とはどんな人ですか?」と聞き返されることが多い。

土産物を如何に上手く、安く買いうか

▶土産物を如何に上手く、安く買いうか

 先日バンコックで偶然にも3人の日本人とおしゃべりする機会があった。一人は現役の国立大学医学部の男子学生、一人は休職中の看護師、もう一人は最近職に就いたという介護福祉士の男性だった。ちょうど「海外で活躍できる人材とは」という話になり、筆者はこの3人に向かって、「あなた方、3人のうちで将来一番競争力がありそうなのは誰でしょうか?」と問うてみた。

 何と言ってもお医者さんは高学歴で、競争力はありそうだが、わざわざ海外を見に来た医学部生は「漠然とした日本の将来への不安」を口にした。だがアメリカはおろか、タイなどアジアで医療に従事するとなると、英語力や技量を問われ、日本の医学部から海外の病院に勤務する者は極めて少ないという。今やサッカーや野球なら高校を出て、そのままメジャーリーグやヨーロッパのリーグを目指すことが普通になっていく中、お医者さんが海外へ出て行かないのは何故だろうか?

 看護師さんは「勤めていた病院を辞めて、半年間旅をしている。日本に戻れば、すぐに就職できるので仕事を探す必要はない」と余裕をもって言った。人手不足の看護師業界、人材は引く手あまたであり、その不足を補うために海外からの看護師招聘もなされたが、「日本語の習得」などのハードルを課して、その導入は進んでいないという。以前マニラで聞いた話で「優秀なフィリピン人看護師で日本に来て働きたい人などいない。英語ができれば、アメリカやカナダが永住権などの優遇制度を用意して待っている」と言われ、もっともなことだと思った。

ピアノの生演奏があるバンコックの病院

▶ピアノの生演奏があるバンコックの病院

 看護師も医師もその国で免許を取らなければ就労できないケースもあり、わざわざ日本から出て行く意味もないようだ。ただバンコックの有名病院へ行けば分かるが、そこでは数か国の看護師が勤務しており、専門知識の上に母国語、英語、更にプラス1カ国語を使って、世界から来る患者に対応している。日本でも医療ツーリズムの推進などが言われているが、実際に対応できる人材が限られている、と言わざるを得ないのではないだろうか。

 実は一番自信がなさそうだったのが、介護福祉士。介護の世界は日本では「重労働、低賃金のブラック業界」などと言われ、常に人材を求めているが、なかなか集まらない現状があると聞く。就職が決まらない大学生が「介護の仕事ならあるが、将来が見えないので就職したくない」と嘆いたのを聞いた時、思わず、こんな提案をした。

 「日本はアジアにおける高齢化社会先進国。3年間研修だと思って、懸命に介護及びその経営手法のノウハウを学んでみてはどうだろう。同時に英語か中国語を学び、介護実務を外国語で言えるように訓練してみよう。3年後に中国やアジアに行けば、好待遇で雇われる可能性がかなりあるよ」というと、急に目を輝かせた。アジアの高齢化はまさにこれから。その対応へのノウハウを現地のニーズに合わせ作り出し、現地職員に現地語で指示できれば、その人は高級人材に違いない。全くの個人的な感想だが、3人の中で一番将来性がありそうなのは、もし「意識を持って行動」すれば、介護関連ということになりそうだ。

香港の金融機関にはグローバル人材が

▲香港の金融機関にはグローバル人材が

 筆者が以前身を置いていた金融界。アジアの中心であった香港に駐在した時に、世界に名だたる金融機関を見てきた。そのスタッフによる「グローバル人材」の定義は「一定以上のスキルを持ち、同時に世界のどこへ行ってもビジネスをマネージ出来る、適応力のある人材」となっていた。その銀行で知り合いだった香港人女性は、東京支店で副支店長を勤めた後、すぐにベトナムで支店長になった。共通言語は英語、後は如何に早くその地の習慣などに溶け込み、支店を上手く経営し、業績を上げるか、が問われる世界だ。グローバル人材とは、自分で仕事ができるだけではなく、「人を引き付ける魅力」も重要な要素であろう。

 日本のグローバル人材育成は「語学力の向上」「海外情報の習得」などに力点が置かれており、残念でならない。ぬるま湯の日本にいないで、海外で揉まれてこそ、積極的な行動が取れるようになり、語学習得力も高まり、魅力的な人材として、海外でも雇われることだろうに。

 なお「日本人で一番グローバル人材に近いのは誰?」という問いには、「大阪のおばちゃんかな」と答えるようにしている。彼女らがアジアで買い物しているのを見ていると、「ディスカウント」など簡単な英語を効果的に使い、例えば買いたい焼き物の縁を指して、「あんた、ここが汚れてるやろう」と大阪弁で言う。そして「安くしてえなー」とにっこり近づく。相手はその勢いと、もっともな指摘に飲まれて、割引する。割引がなければ買わない、というはっきりした姿勢も重要だ。グローバル人材とは毅然とした態度で、自分の思うように相手をマネージできる人材、と言い換えられるかもしれない。

コラムニスト
須賀努
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。金融機関在職中に、上海語学留学1年、台湾地場金融機関への出向2年。香港駐在合計9年、北京駐在合計5年では合弁会社日本側代表。合計17年の駐在経験を有し、日経BP社主催『中国ビジネス基礎講座』でトータルコーディネーター兼講師を務める他、進出企業向けアドバイスを行う。日本及びアジア各地で『アジア最新情勢』に関する講演活動も行っている。 現在はアジア各地をほっつき歩いて見聞を広めるほか、亜細亜大学嘱託研究員、香港大学名誉導師にも任ぜられ、日本国内及びアジア各地の大学で学生向け講演活動も行っている。 時事通信社「金融財政ビジネス」、NHK「テレビで中国語テキストコラム」など中国を中心に東南アジアを広くカバーした独自の執筆活動にも取り組む。尚お茶をキーワードにした旅、「茶旅」を敢行し、その国、地域の経済・社会・文化・歴史などを独特の視点で読み解き、ビジネスへのヒントとしている。
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