アジアから見る日中

第17回

歌舞伎町案内人から学ぶ日本

湖南菜館と李さん

◀湖南菜館と李さん

 中国料理で一番辛いのは何料理?という問いを出すと大抵の日本人は「四川料理」と答えるが、中国人に同じ質問すれば、大抵の人が「湖南料理」と答える。四川の辛さは「麻」、痺れるよう感覚だが、湖南は本当に「辛い」という表現になる。実際に湖南省長沙に行った時も、何を食べても唐辛子が効いており、辛くてかなり困った。仕方なくシンプルなキャベツ炒めを注文したが、その唐辛子の量は尋常でなく、今も心に残っている。ただ一度食べ始めると癖になる味、ではある。

 東京で本格的な湖南料理はないのか、と思っていたら、中国人の友人が何と、新宿歌舞伎町に連れて行ってくれた。その名も「湖南菜館」、湖南省出身の李小牧さんのお店で、敢えて「湖南」を打ち出し、他店との差別化を図っていた。水煮牛肉など辛い料理もあり、また湖南出身の毛沢東が愛したという紅焼肉など、日本人に合わせた辛くないメニューもある。

名物 紅焼肉

▲名物 紅焼肉

 李小牧さん、来日以来27年間、歌舞伎町を根城に、外国人観光客に優良店を紹介する「歌舞伎町案内人」などを業としてきた。あの歌舞伎町で、それだけでも凄い、と感じてしまうが、彼は日本や中国の内情を伝えるコラムを執筆しており、映画にも出演し、そしてレストランも経営する、注目される元・在日中国人だった。

 この店に入ると、中国語が飛び交っている。聞いてみると、わざわざ中国からやってきた旅行客が何人もいた。歌舞伎町案内人として名を馳せている李さんと会いたいと訪ねてきた人もおり、ここで日本の情報を得ていく人、政治談議をする人までいる。李さんいわく、「歌舞伎町には沢山の店があるが、100%中国語で対応してくれる所は殆どない」とのこと。中国でも非常に有名な歌舞伎町。特に夜は怖い、という印象もあるため、中国人観光客はここ拠り所に来るらしい。

 筆者も湖南菜館で食事をした後、10数年ぶりに夜の歌舞伎町を1周してみた。外国人観光客が本当に多くて驚くが、彼らは写真を撮るだけで店に入る者は少ないように見えた。いわゆるキャッチと呼ばれる客引きも大勢おり、声を掛けられるのを無視しているとキャッチ同士で「あいつ、外国人か?」と囁き合い、言葉が通じないと後は無視される。こんな環境の中で路上に立ち、同国人とはいえ、見ず知らずの観光客に声をかけ、信頼を得て店に案内する、というのは、簡単なことではない、と実感する。

李さんのポスター

◀李さんのポスター

 その李さんが今年日本国籍を取得し、日本人になった。と同時に何と新宿区議会議員選挙に出馬した。残念ながら準備期間不足もあり、落選してしまったのだが、その行動に驚くとともに、その中にはいくつもの示唆が含まれていた。元中国人の目線で、新宿区の訪日観光客受け入れ、いわゆる「おもてなし」に有効な政策が打てるかもしれないし、外国人が多く住む新宿で、外国人が現実に直面している問題を解決し、それが日本人住民のためにもなる、ということもあるかもしれない。

 一番印象的なのは、中国人という立場からすれば、「我々中国人は生まれた時から、選挙というものがなかった。選挙権もないし、立候補する被選挙権もなかった」と言い、「自分が立候補することを微博で伝えると、その反響は想像より遥かに大きかった」という。確かにAKBの総選挙というイベントで、中国人が大勢投票した、などというニュースを見ると、「中国人、特に若者には選挙というものに強い憧れがある」と感じざるを得ない。

 そして「日本人は生まれながらに与えられているこの権利を多くの人が行使していない」と実に残念そうに話す。実際今回の選挙でも、李さんが行動したことにより、これまで選挙にはまるで無関心だった夜の歌舞伎町で働くホストやキャバ嬢からの支持も受け、彼らの中には初めて選挙に行った、という人もいたらしい。

 日本人も選挙について、真剣に考えるべき時期が来ている。「原発再稼働」や「安保法案」に反対する日本人が多数いる、と言われており、国会周辺など各地で反対デモが行われているのに、選挙ではこれを推し進める与党が大勝してしまうという構図。「なんか、おかしくないー?」という若者のつぶやきは大切であるが、外国人には理解できないだろう。

ラダックに架かる虹

▲ラダックに架かる虹

 また日本の選挙制度について、「外国人が国籍を取得してすぐに選挙に立候補できることの素晴らしさ」を言いつつも、その不可解な仕組みなどは、李氏の最新の著書「元・中国人、日本で政治家を目指す」で詳しく語られており、街頭演説の縄張りや選挙戦の細かすぎるルール、党の公認問題など、日本の閉鎖的な部分がよく表されている。「日本は民主主義国家ではなかったのか?」という新・日本人の嘆きには、何と答えてよいか分からない。しかし李さんは常に前向きで「数年後の選挙は待っていられない」との発言も。ワイルドな街から登場した元中国人の今後の展開には注目していきたい。

 そういえば、「日本人は生まれながらに選挙権があり」という言葉を聞いて、インドのチベットと呼ばれるラダックの尼僧、パルモ師の言葉を思い出す。「あなたが日本人に生まれたのは、必ず前世でよい行いをしたからです。まずは前世に感謝しましょう!」我々が前世で何をしたのか、知る由もないのだが、確かに今の世界を見渡してみれば、この時代に日本人に生まれたことは、幸せであったと言えるだろう。しかし日本人は「自分が幸せであることを認識せず、それを享受することも少ない」という、残念な状態にあるような気がしてならない。まずは与えられた幸せに感謝して生きてみよう!

コラムニスト
須賀努
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。金融機関在職中に、上海語学留学1年、台湾地場金融機関への出向2年。香港駐在合計9年、北京駐在合計5年では合弁会社日本側代表。合計17年の駐在経験を有し、日経BP社主催『中国ビジネス基礎講座』でトータルコーディネーター兼講師を務める他、進出企業向けアドバイスを行う。日本及びアジア各地で『アジア最新情勢』に関する講演活動も行っている。 現在はアジア各地をほっつき歩いて見聞を広めるほか、亜細亜大学嘱託研究員、香港大学名誉導師にも任ぜられ、日本国内及びアジア各地の大学で学生向け講演活動も行っている。 時事通信社「金融財政ビジネス」、NHK「テレビで中国語テキストコラム」など中国を中心に東南アジアを広くカバーした独自の執筆活動にも取り組む。尚お茶をキーワードにした旅、「茶旅」を敢行し、その国、地域の経済・社会・文化・歴史などを独特の視点で読み解き、ビジネスへのヒントとしている。
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