北京の胡同から

第30回

フォト・シリーズ「老北京」で地元興し?

 このコラムでも何度か登場した、胡同を利用した喫茶店&ファッション街「南鑼鼓巷」。自発的に起こった繁華街だが、政府の「創意産業」支援政策のメスが入ったことで、一時は良く言えば整備された、悪く言えば画一的な街並みとなってしまった。もっとも近年は各店の商業的なアピールがはびこり、いろいろな意味でにぎやかな、いわば胡同の味わいなどふっとんだ若者向けストリートになっている。

 もちろん、そのすぐ近所に住む筆者としては、気持ちは複雑だ。以前は考えられなかったことだが、最近は近くのバーが流す大音量の音楽で夜の静寂がかき乱され、朝は違法駐車によって前に進めなくなった車のクラクションで目を覚ます、ということもしばしば。

 だがその一方で、各商店や政府のがんばりはこの混沌状態だけをもたらしたわけではない。彼らは「創意文化節」なるお祭りをスタートさせ、出店やパフォーマンスなどでさまざまに「老北京」を強調。意図してではないだろうが、それは何とか北京らしさを突出させることで、アメーバのように広がり、本来の建築的、空間的特色を消し去って行く若者カルチャーと、本来の胡同空間との間との溝を埋めようとしているようにも見える。

 昨秋の文化節では、昔の物売りや結婚式を再現、大道芸や昔の北京っ子を象った彫刻に扮した人なども登場した。同時に、路傍には切り絵、漢方薬の薬材を使って猿のミニチュアを形作った「毛猴」など、昔ならではの手工芸品を売る店がずらり。話を聞くと、売っている人の多くは作家で、まさにプロの手作り市、といった感じだった。

 だが残念なことに実際は、彼らの民芸品より、キャラクターやイラスト入りの手作りバッグなど、若者発、若者向けの商品の方が売れ行きがよいらしい。

「老北京」のアピールが、地域の活性化に有用なのは、一部では認められてきているように感じるが、胡同空間と老北京文化の共存は、やはり単純なようで様々な思惑や時代の流れがからみあい、難しい問題のようだ。昨年、北京に残る戯楼の内、最も保存状態がよいとされてきた「正乙祠戯楼」が改修を経て再スタートし、マイクを使わない昔ながらの味わいの京劇を披露し始めた。

 京劇の劇場といえば、本来なら北京観光の目玉。だが残念なのは、周囲の胡同が大規模な取り壊しの真っ最中にあるため、仮に戯楼が残っても、周囲の胡同の昔ながらの味わいはまもなく消失してしまうこと。戯楼の向かいは有名な京劇俳優、裘盛戎の故居だが、何度も保護を求める声が高まったにも関わらず、まだその運命は宙ぶらりんのままとなっている。

 文化の保存、展示は、安易な商業性に流れると暴走する危険がある。だが、商業性を無視した単なるアピールを長続きさせることは難しい。とはいえ、手をこまねいていれば開発業者の餌食になるか、無駄な犠牲を出して終わるだけだ。そのいい例が、什刹海附近の煙袋斜街にある古い道観、広福観。オリンピックの時期に元の住民を追い出し、胡同文化の博物館として無料で開放されたが、その後はずっと閉鎖されたままになっている。

 老北京の文化、地元の人々の生活、そして政府や開発業者側の思惑をどう共存させるか。まだもうひとふんばり、もうひと工夫が必要なのかもしれない。

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、『シベリアのビートルズ──イルクーツクで暮らす』(2022年、亜紀書房刊)。訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。
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