うどん屋おやじの物語

第01回

「千年屋」でうどんを食べて!

はじめに

 集広舎は近く、福岡県嘉麻市でうどん店「千年屋」を経営する青木あおき宣人せんじんさんの人生やまちづくりへの意見などを紹介する、聞き書き「うどん屋おやじは冒険おやじ」(仮題、価格未定)を刊行します。
 語り手・青木宣人、聞き手・宮原勝彦(元西日本新聞記者)、このコンビで、青木さんのこれまでのことを面白おかしく、ときには重厚に「いのち」「生きること」「これからの地域」などをテーマに語ります。
 青木さんは、一九四〇(昭和十五)年、熊本県生まれの八十二歳(二〇二二年現在)。「冒険おやじ」というタイトルどおり、昔、冒険家でした。「他人が冒険家と呼んだ」と青木さんは言います。しかし、米アラスカの雪山訪問、サハラ砂漠の徒歩横断など、世界中に残した足跡を見ると、やはり「冒険家」です。アラスカで亡くなった植村直己さんとの交流も紹介しています。
 そんな青木さんが巡り巡って、なぜ嘉麻市でうどん店を?
 詳しい謎解きは本書に任せて、これから青木さんの魅力や本の面白さを伝える「予告編」を紹介していきます。

看板と千年屋看板と千年屋

お薦め絶品の「天ぷら盛うどん」

 青木さんが経営するうどん店「千年屋」でうどんを食べてほしいです。
 福岡県嘉麻かま市。地理的には福岡県の真ん中あたり、へそに当たる所です。でも、行くには、公共交通機関ではちと不便。ここは車を使いましょう。車を持たない人は、車を持っている人を誘いましょう。
 「嘉麻市」「千年屋」でインターネット検索すると出てきます。うどん専門誌などでよく取り上げられていますからね。
 県警嘉麻署を目指してください。この嘉麻署から、東峰村小石原方向へと向かいます。
 右には山や木や竹林、左には遠賀川という国道211号を走ると、道路沿いの木に囲まれた家の壁に「うどん」の文字が見えます。ここです。

 東峰村経由ならば、この逆を来てください。当然ですけど。「うどん」の文字は見えない代わりに道路に「うどん」の旗、そばには石碑が立っています。駐車場は道路沿いにあり、千年屋の庭には、数台が止められます。
 「ぶきっちょおやじのおもてなし」と素朴な文字の看板が目に入ります。到着です。
 家は古いですよ。築百数十年です。改修を重ねて今に至っています。こんな古い家を食べ物屋にするには、それなりの理由があるのです。持ち主で、知り合いの医者から「ぜひ使って」と頼まれた、とのことです。詳しくは本書に任せます。
 ガラス戸を開けると、冬場であれば、いろりの中でおこった炭火のやさしい暖かさと、その香りが迎えてくれます。夏場であれば、いろりにはふたがしてあり、炭の残り香をかすかに感じることができ、どこか懐かしい安心感があります。
 「いらっしゃい」
 出迎えてくれるのが青木さんです。店長兼従業員です。こわもてに見えますが、笑顔がすてきなおじさん。慣れてくると、初めての人にでも冗談が飛び出すぐらい。

天ぷら盛うどん天ぷら盛うどん

 「天ぷら盛うどん」がお薦めです。
 北九州市の大手うどん店の先代社長から習ったという出汁だしに、麺は博多の柔らかな細うどん。季節の野菜の天ぷらがたっぷりと麺の上にのってきます。
 うどんが運ばれてすぐは天ぷらがからりと揚がっていて、まずはこの天ぷらをかじるもよし。少し時間がたつと、天ぷらとつゆがなじんできて、天ぷらもつゆもまた一味深くなってきます。つゆをごくりと飲み込むのもよし。麺をすするもよし。よしよしづくしの天ぷらうどんを堪能してください。六百円(六月十四日現在)。ほか、うどん各種と焼き飯もあります。
 夏場であれば宮崎県椎葉村で釣った天然ヤマメの天ぷらが、ときどきあります。釣り仲間が持ってくるのだそうです。釣果の有無で、あればラッキーと思ってください。これがまた絶品です。

蛭子さんの石碑蛭子さんの石碑

 千年屋は、二〇一三年に青木さんが開店させました。その「千年屋」の由来を紹介しておきます。
 江戸時代末期のこと。当時の街道沿いに吾平さんが「千年屋」という茶店を開店させました。その吾平さんが、石碑を建立しました。この石碑には「蛭子えびす」の文字が刻まれています。商売繁盛のえびすさまです。一八六七年建立です。この年は、江戸時代末期、徳川幕府の終焉である大政奉還の年です。
 青木さんが、この家を借りる時、石碑に刻まれた文字からこんな歴史を知りました。「千年後を思った創業者の意志」を継いで青木さんは、うどん店をあえて「千年屋」と名付けたのでした。

 思わず通り過ぎてしまいそうなうどん店ですが、調べてみればこんな歴史を含んでいたのです。吾平さんの「千年屋」がいつまで続いたかは不明ですが、青木さんの「千年屋」はずっと続いてほしい。そう願うばかりです。

コラムニスト
宮原勝彦
元西日本新聞記者。1956年3月31日、福岡県田主丸町生まれ(現・久留米市)。第一経済大学卒(現・日本経済大学)。1990年、福岡県城島町(現・久留米市)で「酒蔵寄席」開催。1995年、同県小郡市の自宅に落語ホール「たぬきばやし」開設。著書に『落語暦(らくごよみ)』(集広舎、2019年)など。