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メディア総合研究所『放送レポート』からの転載記事

集広舎編集室より

小社刊『アップデートされた「反日」の法則』の著者・安江伸夫氏による記事を、掲載元の月刊誌『放送レポート』(二〇二五年六月号、メディア総合研究所)より、『放送レポート』編集長・岩崎貞明氏のご許可を得てここに転載いたします。

「2027年台湾武力侵攻説」とメディア

利用されるメディア

強くなければ生き残れない時代がやってきた。
中国、ロシアという権威主義国家、米国のトランプ政権までが強権ぶりを誇示する。その中国は台湾独立を志向する民進党の政権が2016年に誕生して以来、台湾への威圧を強める。そして「中国は2027年に台湾に武力侵攻する」という米国発の説が広まっている。

中国が台湾に侵攻する確度がどの程度高いのかは、中国が誇示するあるいは米国が描く中国の「軍事力」だけでは分からない。中国の「意図」が大きな要素となる。「軍事的脅威」は「能力」と「意図」からなるというのが安全保障の分野では定石だ。だが中国の台湾侵攻の「意図」を正確に推し量ることは難易度が高い。挑発によっても「意図」は高まる。国家の理屈は自国の国益を最大限に実現することだ。常に相手よりも上に立とうとする。米国は自国が凌駕されることを阻止しようとあらゆる手段を行使し、米中戦争も視野に入れて危機管理を行っている。台湾は米中対立の最前線だ。「中国にその意図はない」という認識が社会に広がりすぎれば油断ができる。こちらが弛緩しすぎれば相手はそこを突く。

一般国民はなかなかその世界に入っていけない。情報はメディアを通じてもたらされる。メディアの役割は重要だ。だがウクライナ戦争を見れば分かる通りメディアは残念ながら戦争や紛争の当事者、政府によって自国の立場を正当化する情報戦争の重要なツールとして利用される。相手国を牽制する「武器」になる。その誘導の先に世論も有権者の投票行動に左右される政治家もいる。この矛盾の中でメディアは中国の状況や日本政府や同盟国・米国の戦略を公正に分析し、私たちは正しく怖がる必要がある。そして行き過ぎた大国間の競争に巻き込まれないようウォッチせねばならない。

中国の台湾統一に対する原則は冷戦終焉後の1995年に当時の江沢民主席が「江八点」という方針で示している。「平和統一」を目指し,「外国勢力の干渉と台湾独立の活動」に対しては「武力侵攻の放棄を約束しない」。この「前提」は今も変わっていない。「前提」を取り巻く国際情勢の方は変わった。リアルな戦争にならないためには「前提」を形成させる動きをこちら側から作らない。相手にも作らせないことがカギだ。

ネット上で拡散した「伸縮式の橋」を乗せた「はしけ」の映像(2025年1月投稿)ネット上で拡散した「伸縮式の橋」を乗せた「はしけ」の映像(2025年1月投稿)

中国は平時から「我が国の言い分が正しい」というナラティブ(物語)を作り国内を言論統制で縛り付け、国際社会を取り込む手法に長けている。相手の悪辣ぶりを並べ、愛国心を高め、善戦ぶりを伝え、都合の悪いことは最後まで隠し通す。翻って民主主義世界はどうなのか。社会末端への伝わり方を意識して政府が誘導し糾合していく点は中国と似ている部分がある。中国と異なるのは、言論統制はないものの世論のニーズを尊重しながらセンセーショナリズムに訴える点だ。そこを中国も挑発しているように見える。すでに情報戦は始まっている。3 月以降、台湾と中国との関係で大きな動きが続いている。

3月中旬,『CNN』などの米国メディアが「伸縮式の橋」を乗せた「はしけ」の映像を相次いで公開した。濃霧がかった海岸の沖に奇妙なグレーの船舶が停まっている。海上の船舶から海岸沿いの道路へつなぐ「橋」が伸びている。専門家が「台湾侵攻で戦車を直接上陸させる新兵器だ」「2027年までに台湾侵攻能力を持てという習近平主席の指示が現実となる」と解説している。素材は中国のSNSに投稿された削除済みだという動画や米国の衛星写真専門の会社から入手した写真だ。しかし,中国政府はこの「はしけ」について何も発表していない。SNS上にリークした動画や写真に気付かせることで西側の恐怖心を煽り,中国に有利に交渉を運ぼうとしている可能性もあるだろう。

賭けに出た頼清徳総統

重要演説を行う頼清徳総統(2025年3月13日)重要演説を行う頼清徳総統(2025年3月13日)

3月12日,台湾に住む「大陸花嫁」の劉振亜さんが,SNSで「大陸側と30分も戦えば台湾は廃墟になる」と訴えたところ、台湾当局から「武力統一を訴え体制を否定した」という理由で在留許可を取り消され大陸側に退去を命じられた。大陸出身の配偶者は2300万人の台湾に34万人いる。そのほとんどが女性だ。私が北京に駐在していた1990年代にすでに台湾の大手メディアの記者で大陸女性と結婚しその人脈で北京で独自取材を重ねていた人がいた。劉振亜さんの追放に中国側は,「台湾には民主主義がない」と批判した。SNSの世界では尖った少数意見が影響力を持つ。本来は炎上の取り締まりで対処すべき問題だが,一つにつながった言論空間で中台双方の勢力が極論に加担して衝突する。

翌13日,頼清徳総統が安保ハイレベル会議で重要演説を行い,中国から受ける5つの脅威と17の対策を発表した。「中国は境外敵対勢力だ」と初めて中国を「敵」と名指した。また初めて「台湾は主権が独立した民主国家」だと訴えた。「台湾独立」は中国を挑発する「前提」の言葉だ。総統は,「台湾の民主的で開放的な体制」を中国が利用してメディア,著名タレント,政党,軍人,警察にまでスパイ活動などで「浸透し破壊を行っている」と非難した。そして劉振亜さんの問題に対して,「戦争を煽り自国や国民を傷つけることは言論の自由などではない」と突き放した。

演説直後の中国側の反応は比較的落ち着いてはいたが,中国政府の台湾問題担当部門、台湾事務弁公室は「台湾独立という戦車に人々を縛り付け戦争に追い込むものだ。火遊びは火傷を負う」という不気味な談話を出した。17日,中国国家安全省は台湾軍・対中サイバー戦隊所属の男性4人を特定したとして氏名や身分証番号などを顔写真付きで公開した。「すべて見通しているのだ」と言いたいのだろう。すでに中国軍機の台湾上空への侵入は常態化している。

17日、18日には予告なしに海と空での演習が行われた。そして4月初めに空母「山東」など中国軍や海警局の船30隻以上が繰り出す大規模演習が行われ威圧を与えた。タイミング的には米国のトランプ大統領が相互関税を発表し台湾を含めて世界を驚かせた日と同時だ。台湾を擁護するのか。米国の反応を見るため中国は意図的に重ねたものだと受け止められている。宣伝合戦が行われた。演習実施の予告もあった。「海峡雷霆(雷鳴)2025A」と名付けた激しい戦闘動画が中国のテレビやSNSで大量に公開された。「演習では実弾を使った」と中国軍は誇示したが逆に台湾国防部は「台湾周辺での実弾発射はない」とこれを否定した。「液化天然ガスを輸入する船舶が入港できなくなっている」というデマが回った。頼清徳総統を「寄生虫」に見立てて中傷するアニメーションを中国軍・東部戦区が投稿した。背景は不明だが台湾離島の金門島に中国大陸からボートで密航を図る中国人の男があらわれた。

衝突を招く切っ掛けをつくったのは頼清徳政権の方だ。孤立による焦燥から出た賭けなのか。欧州ウクライナでは強国に有利に和平が進む。米国では2月下旬にウクライナのゼレンスキー大統領がトランプ大統領からテレビの前で面罵された。米国は台湾も助けないかもしれないと米国を疑う「疑米」論が台湾では広がる。中国は焦る必要はない状態だ。米国とのディールで台湾問題を有利に使おうと考えている。それでも台湾は国際社会で大国をうまく動かし存在感を示していくしかない。頼清徳の挑発的な演説の後、支持率は台湾TVBSの調査で微増したが支持と不支持は拮抗状態だ。

台湾の内政でも混乱が続く。台湾国防部は初めて「中国が2027年に台湾に侵攻する可能性がある」と公に認め,侵攻を想定した軍事演習を7月に実施すると総統演説直後の3月18日に発表した。防衛予算もGDPの 3%に拡大させるという。だが予算が承認されるかは不透明だ。台湾国会にあたる「立法院」はねじれ状態にあり、大きな勢力を持つ中国国民党を始めとした野党が総統を揺さぶる構図だ。国民党は中国に融和的だ。民進党は国民党の夏立言副主席がしばしば大陸側を訪問することが中国を利すると批判する。4月初めに夏立言は大陸に中華民国があった時代に首都だった江蘇省南京を訪れ中国台湾事務弁公室の宋涛主任(閣僚)と会談した。去年は共産党の序列ナンバー4の王滬寧政協主席と北京で会談した。この国民党の議員らを罷免させようとリコール運動を民進党支持の市民らが4月に始めた。出直し選挙をすれば民進党が上回るのを狙う。国民党もリベンジの民進党議員リコールを呼びかけ総統府前の広場を埋め尽くす数万人規模の集会を行った。4月15日時点で定数113の議会で民進党15人と国民党など野党35人に対するリコール請求合戦が起きている。

メディア先行の「2027年侵攻」説

上院公聴会で証言するデービッドソン司令官(当時)2021年3月上院公聴会で証言するデービッドソン司令官(当時)2021年3月

日本も米国発の「2027年台湾侵攻」説に揺れている。これは2021年3月の米インド太平洋軍司令官だったフィリップ・デービッドソンの議会証言から始まっている。「2027年」は武力侵攻のデッドラインだと考えられ米国では「デービッドソン・ウィンドウ」という言葉で呼ばれてきた。これが事実だとしたら2025年6月の今から1年半しかない。2021年以降の経緯を追ってみよう。

デービッドソンは司令官を退任するにあたり上院軍事委員会の公聴会で議員らの質問に答えた。議会でデービッドソンが強調したのは、米インド太平洋軍が毎年数十億ドルを獲得してきた軍事予算についてだ。そして親台湾派のダン・サリバン共和党議員が最後の質問で台湾問題に触れた。上院のホームページで一連のやり取りはスクリプトと動画で閲覧できる。「習近平氏の攻撃的なリーダーシップは台湾海峡における潜在的な紛争やタイムラインにどう影響すると思いますか」とサリバンが尋ねると、デービッドソンは「中国は国際秩序における米国のリーダーシップに取って代わる野心を2050年までに達成すると宣言しています。台湾は明らかに目標の一つであり6年以内にその脅威が顕在化すると思います」と述べたのだ。2021年段階での「6年以内」は「2027年まで」を意味する。

デービッドソンの議会証言の後『ニューズウィーク』など米国メディアは「6年以内に台湾侵攻(invade)の恐れ」と報じた。だがデービッドソンは「2007年に起きる」とは述べていない。「侵攻(invade)」という言葉は使っていない。情報は世論の感情によってメディアの扱いが変わる。こだわったのは抑止に向けた予算の増強だ。この3月という時期は公聴会に出席する軍司令官らは対中ヘッジの重要性に言及しないわけには行かない。毎年3月は米国軍事政策のひとつの区切りだからだ。米国の対中国国防予算獲得では、毎年3月に国防総省が年次報告「中国軍事レポート」を議会に提出するタイミングで本格的な審議が始まる。特に2021年3月は1月のトランプからバイデンへの政権交代直後で敗北したトランプ支持派の不満が高まっていた。幅広い世論を取り込む狙いから超党派で一致する対中強硬策の継続に注目が集まった。米国の緊張は日本にすぐに伝わった。

ウクライナは明日の東アジア

日本では台湾とともに尖閣諸島が危ないという空気が醸成された。安倍晋三元総理大臣が2021年12月、台北でのシンポジウムにオンライン参加し「台湾有事は日本有事」だと訴えた。長期政権を築いた安倍の影響力は大きかった。そこに勃発したのが2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻だ。中国も同じことをやるのだろうと西側は考えた。5月に訪欧した岸田文雄総理(当時)は動揺する英国首相やNATO加盟国首脳らを前に「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と呼びかけ共感を求めた。自衛隊最高指揮官ではあるものの自民党内の基盤が弱い岸田は右派の安倍やその周辺に接近することで勢いをつないだ。2022年12月閣議決定の「国家安全保障戦略」は「2027年度までに、我が国への侵攻が生起する場合には、(中略)これを阻止・排除できるように防衛力を強化する」「予算水準は「(GDP)の2%に達する」と明記した。

日本では中国に接近するのはリベラル派であり、台湾には右派、タカ派、保守派、保守系が寄り添う。これは日本国内が右と左に割れていた冷戦時代に自民党の中から田中角栄総理が右派の反対を押し切って中国と国交正常化し台湾と断交したことと関係があると言ってよいだろう。当時は冷戦が緩和に向かう時期であり、日本中が中国に親近感を持っていた。経済界も応援した。それが冷戦崩壊を経てナショナリズムの時代に入り、中国の強大化やトランプ時代、ウクライナ戦争を経て中国と対峙することが重要課題になった。逆に同じ中国文化圏でも力が弱く小さな台湾にシンパシーが集まるようになった。世論は「中国の方が悪い」という感情に傾きがちだ。とはいっても日本の安全保障問題に密接にかかわる問題である。友人関係とは違う。親しみを感じないからと言って中国の現実を正視しない世論を放置してよいだろうか。感情は中国に逆流し「反日世論」の拡大につながることも知るべきだ。

2023年1月下旬、退任したデービッドソン元司令官が来日した。東京では自民党の国防部会・安全保障調査会・外交部会の合同会議に招かれ、自民党によると氏が2021年に述べた「2027年までに中国が台湾を侵攻する可能性がある」との見解はその後も変わっていないと明言したという。実はその翌日、デービッドソンは東京・虎ノ門の笹川平和財団で講演を行った。私も会場にいて発せられる生の言葉を聞いた。「紛争を防ぎ戦争を抑止しないと懸念は6年以内に顕在化するでしょう」。ニュアンスはメディア報道と少し異なっていた。壇上で氏の隣に座った笹川平和財団米国の秋元諭宏会長は「デービッドソン氏の重点は中国の冒険主義を抑止することにあります。「侵略」と「6年」という言葉は独り歩きしています」と釘を刺した。デービッドソンは隣で黙って聞いて曖昧な表情を浮かべていた。

大学生らの質問に応じるバーンズ米CIA長官(当時)2023年2月大学生らの質問に応じるバーンズ米CIA長官(当時)2023年2月

ところがこの翌月2023年2月、今度は米CIA長官(当時)のウィリアム・バーンズが「2027年侵攻説」に改めて言及したのだ。ロイター通信が「CIA長官、習近平の台湾に対する野心を過小評価しないよう警告」と報じ、日本のメディアも「「台湾侵攻27年までに準備、習氏が軍に指示」CIA長官」という見出しで伝えた。バーンズ長官はワシントンのジョージタウン大学で外交について学ぶ学生らを対象にプーチン大統領との出会いや中国との向き合いなどについて講演を行っていた。大学のホームページにスクリプトと動画がアップされている。台湾に関する発言は基調講演終了後の質疑応答の中で出てきた。司会者から「質問のある学生はマイクの前に立って自己紹介をお願いします」と呼びかけられ興奮した学生たちが観客席からワイワイ言いながら飛び出し行列を作った。先頭に立ったのは眼鏡をかけたアジア系の男子学生だ。流暢な英語で「私は外交学部の1年生のフランクです。中国出身です」と述べると、「中国は台湾への軍事攻撃など攻撃的な行動に出る可能性はあると思いますか」といきなり大胆な質問をした。バーンズは「いい質問ですね。簡単だけど」と会場の笑いをとった。そして「習近平氏の野心を過小評価してはならないと思います。ウクライナ戦争を観察しており少し冷静になっているようです。我々が得た情報によると習近平主席は人民解放軍に対し2027年までに成功裏に侵攻できる準備を整えるよう指示しました。中国にとってもたいへんな不幸をもたらす紛争を抑止するために最善の策を模索し続けます」と一気に答えたのだ。「成功裏に侵攻(successful invasion)」という踏み込んだ言葉を使った。「フランク」と名乗る中国から来たという学生に、バーンズは「我々は注視しているぞ」とマウントを取ろうとしたのではないだろうか。中国はまかり間違っても台湾侵攻の動きを見せるなという牽制球だろう。「2027年」という数字の根拠については明確にされなかった。曖昧にする方が中国に対する抑止になり、国内や同盟国に対しては緊張を求めることができる。その「2027年」とした根拠に、2022年12月公開の米国防総省の2022年版「中国軍事レポート」が言及した。それは習近平国家主席が2020年に共産党の重要会議「五中全会」で発表した「2027年に建軍百年の目標を達成する。(中略)両岸関係の平和的発展と祖国統一を推進する」というスローガンだ。この目標が軍の全面的な近代化実現であり台湾に対する武力統一を意図した指示だというのだ。「平和」「統一」としか書いていないが、これが「武力侵攻」の根拠だとすると拡大解釈ではないだろうか。

米国で薄まる「2027年」

その「2027年台湾武力侵攻」説の位置づけが最新の2024年版の米国防総省年次報告では後退しているのだ。毎年12月に公開されるここ数年の年次報告「中国軍事レポート」を比較する。デービッドソン発言以降の2022年版、2023年版は「中国共産党(政府)」が2027年に台湾を武力統一する可能性を指摘している。「機械化、情報化、知能化の加速で2027年に近代化が実現できれば人民解放軍は中国共産党が台湾統一を追求・努力する上で信頼性の高い軍事手段となる」。しかし2024年12月公開の2024年版ではトーンが下がり「人民解放軍は2027年に近代化を実現すれば台湾統一にとって信頼性の高い軍事手段を提供できる」に変わった。すなわち台湾武力統一の能力を持った軍を手段として使うのが中国共産党なのか誰なのか。主語がなく曖昧な表現に変化している。なぜ後退したのか。2024年版は「人民解放軍は台湾への作戦準備ができていない」と指摘した。「軍内部で汚職摘発が続き、2027年に実現させる軍近代化の目標を妨げた可能性がある」「必要とされる市街戦や兵站の規模を示していない」ことなどが根拠だという。別の見方もできる。2024年版公開の時点ではまだバイデン政権であったが、トランプ政権誕生はすでに決まっていた。トランプ政権では中国との関係が再び悪化することが予想されたので、必要以上に中国との関係を緊張させないよう、抑制的なシグナルを発信するため穏健な報告にした。そんな仮説も成り立つ。

日米の現場では、2027年を念頭に台湾有事対応の準備が進んでいる。政治は結果責任を問われる。日本では防衛力整備計画に基づき2023年に沖縄県・石垣島の自衛隊駐屯地が発足した。長射程1000キロのミサイル配備検討をめぐって住民らとの協議が続く。九州各県では沖縄離島からの避難者12万人を受け入れる計画案をまとめた。政府は計画に基づき2026年度に訓練を行う。作業を進める現場からは宿泊施設や輸送のバスが確保できないという声がメディアを通じて聞こえてくる。日本の一連の取り組みを米国は高く評価した。2025年2月の石破茂総理訪米の日米共同声明には「日本の防衛予算増加」と「2027年度までに日本を防衛する主たる責任を確固たるものとする能力を構築すること」を米国が歓迎したと記された。

台湾と中国、そして日本

私は駆け出しの記者だった1980年代前半、東京タワー観光に来た年配の台湾人ツアー客らにマイクを向けた時の言葉が忘れられない。「東京に来て祖国がこんなに発展したのを見て誇りに思います」。流暢な日本語で台湾統治時代の日本への親しみを訴えたのだ。日本は台湾の近代化に貢献した。80年前に手放した後の台湾は国共内戦で負け大陸から追放された中華民国の流れをくむ。中華民国とは戦時中、日本が首都・南京を陥落させるなど泥沼の争いとなったが、戦後は1979年の米台断交・米中国交正常化まで日本と同様に米国の同盟国となり、その後も安全保障上の必要性から親日政策を打ち出してきた。そして政権を取る民進党は日本に親しみを持つ人々が多い台湾出身者が中心になって創設した政党だ。

その台湾について中国からは別の見方になる。日本でいえば北海道函館の五稜郭に立てこもり江戸幕府の存続を狙った榎本武揚らの蝦夷共和国の樹立に相当する。当時、事実上独立した状態が生じ、外国の介入を招く恐れもあったが半年後に明治政府が統一した。1949年に北京で建国した中国は中華民国が逃げ込んだ台湾の解放統一を図った。朝鮮戦争が翌1950年に勃発したため中断した。台湾解放のため上海に待機していた兵士らは夏の装備のまま転戦を命じられ冬の北朝鮮で3万人が凍死した。すでに76年。祖国統一は中国の宿願である。そして台湾と朝鮮半島が同時に不安定化することは今日もトラウマであり続けている。

台湾問題は米国にはまた別の観点がある。「中台が対立していた方が実は都合が良い」。英ジャーナリストのニーアル・ファーガソンが「台湾を失うことは米国の優位性の終わりだ」と2021年に論じている。中国が台湾を統一し強大な勢力となればアジア太平洋地域における米国の軍事的プレゼンスの最前線は後退を迫られる。日本や韓国、フィリピンは中国に吸い寄せられる。米国は強い中国をおさえ込みたい。事実上、分断した状態が続けば中国を牽制するカードに台湾が使える。よって中国に圧力をかけるときには独立志向の台湾の存在をクローズアップする。第二次トランプ政権発足後の2025年2月に米国務省はそのホームページに記していた「台湾独立を支持しない」という文言を削除した。台湾侵攻説も中国を牽制するために敢えて誇張されている部分はないだろうか。

私は2027年に台湾に武力侵攻するという見方に懐疑的だ。その根拠は、中国がウクライナ戦争でもロシア側に偏ることを避けてきたことだ。静かにしていた方が頼りにされ米ロより地位が上がると考えたからだろう。ロシアは戦争を選んだ。中国はこれを教訓にしているはずだ。米国との対立の陰でBRICSを拡大させグローバル・サウスの国々に「仲間」を広げてきた。現在の安定と信頼性を壊してまで暴挙に出るとは考えにくい。戦争はどんな国にも負けるリスクがある。強ければリスクは減るが、強国になり必ず勝てるという自信を持ったとしてもリスクはゼロにはならない。上意下達で、情報が威厳管理されている中国という国は自国が世界にどう映っているのか。宣伝しておきながらその効果を検証するようなことが不得意だといえよう。しかし仮に勝利を妄信した武力侵攻に自身を追い詰める。作戦が強硬になった段階で世界中から非難を浴び経済制裁で孤立する。プライドが邪魔をして中国は途中から引き返せなくなる。自らの選択肢を狭める。中国には内閣総辞職も政権交代もありえない。平時の段階でここまでのシミュレーションはしているはずだ。

私はむしろ中国は台湾に対する武力侵攻よりも、基本的には統一を積極推進しながら「制裁で台湾独立を阻止」し、「勝利の常態化で実質的に統一を維持する状態」を続けていくのではないかと思うのだ。並行して「中国の言い分が正しい」というストーリーを世界に広める。それでも台湾の人々の人権を考えればひどい話だ。一方、中国の動きに疑心暗鬼になる中、国力で凌駕されることを恐れる米国と西側のメディアを含めた世論と政治の方が、中国を挑発し、妄信に追い込むことにはならないだろうか。

2027年の前年の2026年に米国ではトランプ政権の途中成績となる中間選挙が行われる。台湾では総統選挙の2年前に当たる重要な地方選挙が行われる。台湾有事への備えは必要だ。だが2027年が台湾侵攻のカウントダウンだと見る世論には冷静な対応が求められるのではないだろうか。

安江伸夫(元・テレビ朝日北京支局長)2025年6月17日記

安江伸夫氏の本

書名:アップデートされた「反日」の法則
著者:安江伸夫
発行:集広舎
発売日:2024年09月04日
製本:並製/A5判/432ページ
ISBN:978-4-86735-051-5 C0031
価格:2,700円+税

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