シベリア・イルクーツク生活日記

第20回

ワイルドベリーズへの攻撃があぶり出したもの

ワイルドベリーズとは

 今年7月18日から8月26日にかけて、ロシアのマーケットプレイス、ワイルドベリーズがロシア各地に所有する倉庫、少なくとも24カ所が次々とドローン攻撃された。ワイルドベリーズが所有する倉庫全体の4割以上が失われ、被害額は商品の損失だけで5300億円以上にのぼると言われる。

 ワイルドベリーズといっても、日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、日本のアマゾンに相当する存在感をもつマーケットプレイスで、ロシアでネットショッピングといえば、ワイルドベリーズかオゾン。買いたい物があれば、まずは両サイトを見比べ、どちらかに条件に合った商品があればそれを選ぶというのが、ロシアの多くの消費者の購買スタイルだ。買ったものは個人宅に届けてもらうこともできるが、送料を節約するため、多くの人は受け取りスポットを利用する。これは各マーケットプレイスが町や村のあちこちに設けているもので、かなりの田舎にも設置されていることがあり、その数はイルクーツク市のワイルドベリーズだけで約500カ所、州全体では1000カ所以上に及ぶ。こういった受け取りスポットは企業ごとに同一のデザインを用いており、街の景観を似通ったものにするという負の側面もあるが、利便性は高く、合理的でもある。各家に届けるスタイルと比べ、燃料や配達のための手間や人件費を省ける上、利用者も一定の期間内であれば、受け取る時間を自由かつ柔軟に選択できるからだ。

 筆者の周りにも、食品から家具や家電まで、ありとあらゆるものをネットショップで購入している人がけっこういる。それだけ普及しているということは、裏を返せば今回のドローン攻撃によって、ウクライナでの戦争を自らの生活に直接通じるものとして感じた人も多いということだ。もちろん、これまでも店の商品の品ぞろえの変化や不足によって戦争を感じることは多々あったが、手に取るはずだった商品が燃えカスと化した時のインパクトは、それよりずっと個別で直接的だろう。

イルクーツク中心部にあるワイルドベリーズの受取スポットイルクーツク中心部にあるワイルドベリーズの受取スポット
伝統的な建物も利用伝統的な建物も利用

外国人従業員たちの行方

 今回の攻撃でそれ以上に気になるのは死傷者の数だ。公式の発表をもとに数えると死者は少なくとも8人、負傷者は少なくとも105人となるが、一つの棟だけで2000人以上働いていることもある倉庫が24カ所も攻撃を受けていながら、死者が一桁というのは驚きだ。連絡の取れない外国人労働者も多いとされているため、実際の被害者数はもっと多いと想像せざるを得ない。

 では実際はどうなのか。2023年11月のDWの記事を見れば分かるように、ロシアではかつて、ワイルドベリーズの倉庫を含む大型倉庫で不法移民の就労が摘発されるケースが少なくなかった。DWの記事によれば、当時の摘発は不法移民の一部を契約書に署名させ、ウクライナの戦地に送るためでもあったという。

 その後、倉庫での労働を外国人移民に依存する形がすぐに変わったとは考えにくい。攻撃を受けた当時、倉庫で働いていた従業員の回想によると、倉庫に火の手が上がっていると気づいていても、管理者側はすぐにすべての従業員を外に出さず、中二階部分で待機させたという。また外に出すよう交渉している間、「30万ルーブル(約60万円)を払いたいのか!」と怒鳴る声が聞こえてきたそうだ。憶測にすぎないが、この金額は不法就労が明るみに出た時に企業が払う罰金だった可能性がある。

 ロシアに住む外国人労働者の実態は報道されることが少なく、しかもその数は近年、減る一方だと言われる。ワイルドベリーズへの攻撃が、同社が軍用品の販売を行っていたからだとすれば、実態の解明はさらに難しいだろう。筆者としてはひたすら、「連絡の取れない外国人労働者」たちの無事を祈らずにはいられない。

憎しみに満ちたコメント

 今回の攻撃による死亡者の中には、「運悪くたまたま倉庫の外を歩いていた人」も含まれるという。亡くなった方々や重傷者らが最大の被害者なのはもちろんだが、その次に気の毒なのは出店者だ。ある程度の補償は受け取れたが、その額は決して十分ではないといわれる。あるYouTubeのチャンネルでは、倉庫の攻撃を知って嘆く出店者たちの様子を映したビデオがアップされていた。彼らの多くは比較的若かったが、よほど経営に苦労していたのか、「もう疲れた」と泣き崩れている出店者もいて、同情を誘われた。

 被害者の中にはEコマースの普及や税金の値上がりによってリアル店舗の経営がうまく行かなくなり、やむなくネットショップを立ち上げたという人もいることだろう。だが今、大手マーケットプレイスは飽和に近い状態で、新規参入者は減っているという。「激しい競争の中で必死に利益を上げようとしていた時に、店の品が全部燃えてしまったとしたら……」と同情したくなったが、その気持ちは、その下に続く視聴者のコメントを見て、複雑な悲しみに変わった。コメントの多くは、被害を受けた出店者らにまったく同情していないどころか、「いい気味だ」といった調子のものばかりで、中には出店者らの外見をからかうコメントさえあったのだ。そしてコメントの大半には、「当然の報いだ。自国の軍が隣国を攻撃しているのに、そのことに無関心でいた彼ら自身が悪いのだ」という考えがにじみ出ていた。匿名なのでどんな背景の人が書いているのかは正確には分からないが、ウクライナやウクライナを支持する人々が書いているのは明らかだった。

 もちろん、その指摘そのものは理解できる。ウクライナの人々にロシア人全体への憎悪が高まっているのは、肉親や友人を殺されたり、故郷を追われたりしている人も多いことを考えれば当然だ。とはいえ、自らの生活や人生に直接影響が及ぶまでは、戦争の残酷さに気づきにくいというのは、筆者自身の印象でもある。それにそもそも、出店者のすべてが戦争を支持しているわけではなく、とくに若い世代は反対派が多い。

 世の常として、戦争で一番大きな被害を被るのはつねに普通の人々、とくに弱者だ。コメント欄の冷たい言葉を観ていると、戦争が生む憎しみというものは、ここまで人の心を荒ませてしまうのか、と思わざるを得ない。

YouTubeから排除された存在

 その時、筆者は改めてロシア政府がYouTubeをブロックしたことの影響について、思いを巡らせた。現在のYouTubeは、数量的には配信者も視聴者もウクライナ、または彼らに同情的な人々が多数を占めている。タブーを恐れない勇敢なロシアの著名ブロガーたちはまだまだ頑張って配信を続けているが、彼らの多くもウクライナに同情的な戦争反対派だ。

 もちろん筆者も戦争には反対なのだが、一方からの情報だけでは、物事の全体は見えてこない。もしこのような状態が続けば、ごく一般のロシアの人々の声や生活ぶりは、世界の人々からほとんど見えなくなってしまうだろう。だが実際には、声を上げる勇気こそなくとも、それぞれの考えや目標を胸に精いっぱい日々を過ごしているごく普通の人々が、ロシアにも無数にいる。政治にまったく無関心で、現在のような体制を招いたことに責任がある人々も多いのは事実だとしても、そもそも今の若い人々は、幼い頃からほとんどずっとプーチン体制なのだ。たとえプロパガンダを鵜呑みにはしなくとも、「何かを変えようとしても無駄だ」という諦念に囚われやすいはずだということは、ある程度の想像力があれば思いが及ぶ。

 だが、当然ながら戦争は殺し、殺される残酷な関係だ。それゆえに敵側への憎しみが増大し、相手の境遇を客観的に想像する余地を奪ってしまう。しかも現実社会だけでなく、今はネットの上でもその憎しみが世界中に拡散される時代なのだ。ネット時代の戦争の恐ろしさを思うとともに、YouTubeをブロックした時点で、世界におけるロシアの立場は大きく変わったのだということを、強く実感させられた。

商品の大半が中国製

 コメント欄を見ていてもう一つ気づいたのは、批判する声の中に、「彼ら(出店者たち)はどうせ、中国製品を転売しているだけなのだ」という声が多いことだった。「どうせ自分たちで苦労して製造した商品を売っているのではない。だから同情に値しない」と言いたいのだろう。確かにそういう面はある。世界的傾向に漏れず、ロシアで売られている商品にも中国製は多く、ネット上ではさらに目立つ。それでも正規品であればいいが、問題は海賊版商品が少なくないことだ。有名なブランドの品が、どう考えてもあり得ない安さで売られていることが多く、商品のレビュー欄に「本物であることに賭けて買ってみたが、やっぱり偽物だった」と率直に書かれていることさえある。

 だが、ロシアにおける製造業の弱さもまた、ロシアの環境や、たとえ起業をしてもコネがないと発展が難しいとされる社会の性質とリンクしている。とくに「コネが不可欠」というのは、筆者がまだ北京にいた21世紀初頭から現在に至るまで、何度もロシア人の友人、知人から耳にしてきた条件だ。若い世代にとっては、よほど条件に恵まれない限り、クリアが難しいことだろう。

景気がいいのは改装業だけ?

 だが、サービス業で生計を立てようとしても、現在は中小の事業者に不利な方向に税制が変わったばかりだ。イルクーツクでも、飲食店や雑貨店が生まれては消えており、その回転の速さは北京を思い出させる。チャレンジ精神は十分でも資本金が少なく、開店からの数年間を乗り切れないのだろう。ロシア系の高級ブティックはまだましに見えるが、それでも閉業するケースは少なくなく、たとえ開いていても閑古鳥が鳴いている。

 そんな中、新たに開店する時に必要となる改装業だけが景気良さそうに見える。これも筆者が中国にいた21世紀初頭とそっくりだ。ただ、実態を調べてみると、実際には仕事の数こそ多くても、材料費や人件費、税金、金利なども上がっているため、注文の多さが利益の高さにはつながっていないという。もっとも、個人の改装業者については話が別で、熟練した職人の数が不足しているため、今のロシアでは高給ブルーワーカーベスト10の中に左官職人が含まれている。実際にも、筆者の友人の中で一番景気が良さそうに見えるのは、左官をしている友人だ。しかも彼は腕が良いからか、時折、モスクワまで呼ばれて仕事をしている。よほどベテランの職人が不足しているのだろう。

リアル店舗の人気が復活

 もっとも今回のような倉庫への攻撃が今後も続けば、勢いを増す一方だったネットショッピングの利用者が減少し、リアル店舗が少し持久力を増すかもしれない。実際、報道を見ても、マーケットプレイスの配送の混乱のせいで、7月後半から8月にかけてリアル店舗の利用者が増加したそうだ。イルクーツクでも、長らく人が減る一方だった食品市場にいくらか賑わいが戻っているように感じられる。はっきりした傾向が分かるのは秋が終わる頃だろうし、戦況の変化も影響するだろうが、もしワイルドベリーズが今後の対策として主張するように、倉庫をカザフスタンに移転したり、各出店者に倉庫での在庫をなるべく減らすよう促したりしたなら、配送料が高くなったり、欠品が増えたりする可能性があり、ネットショップの優越性はいくらか損なわれる可能性がある。

 もちろん、商品の種類が豊富で価格も安価な大手マーケットプライスの地位が一朝一夕で失われることは考えにくいが、観光都市の顔ももつイルクーツクにとって、景気が良いのは「受け取りスポット」だけという風景は、決して好ましくない。せめて禍が福を生み、住民たちがリアル店舗の価値を見直す機会になれば、街にとってもプラスだろう。

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、『シベリアのビートルズ──イルクーツクで暮らす』(2022年、亜紀書房刊)。訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。