燕のたより

第04回

税関駐在郵便局弁事処(第一次進海関駐郵局弁事処)の初体験

はじめに

 チベット文革写真証言集『殺劫:四十年の記憶のタブー・レンズを通したチベット文革・初公開』の著者であるツェリン・ウーセルのブログに、自称「黄土地的猪(黄色い大地の豚)」という読者の文章が掲載された。タイトルは「税関駐在郵便局弁 事処の初体験」である。
 そこで「黄土地的猪」はインターネットで『殺劫』を購入したが、没収されたいきさつを紹介している。ここから「政治的に敏感」な内容のため大陸で出版できず、台湾で出版した書籍をネットで購入しようとして、その寸前で禁止されたという実状がうかがえる。文章はユーモアにあふれて非常におもしろいため、その抄訳を紹介する。

(1)

 2008年3月10日から14日まで、チベットで騒乱事件が起きた。ぼくは長年中国共産党の教育を受け、今は国営企業に勤めている職員の立場から、また、党と政府の強大なマスメディアによる微に入り細をうがった宣伝により、これはごく少数の人が社会の秩序を攪乱し、人民大衆の生命と財産に危害を及ぼす暴力的な破壊であると堅く信じて疑わなかった。さらに、自治区関係部門が法に基づき一連の有効な措置を講じ、社会の安定、法律の尊厳、最も広範な人民大衆の根本的利益を守ったと堅く信じた。要するに、一握りの分裂分子の仕業だと信じ込み、党と政府が何十年もかけてチベットにあれ程の恩を施してきたのに、全く物事の善し悪しが分からないやつらがこんなにいるとは何ということだと怒りをおぼえた。
 ちょうどそのころ、ネットで『殺劫』という本が販売されていることを知った。
 ウーセルというチベット人の女流作家が、父の遺した文革期のチベットの写真を編集して出版し、その中で英明なる党と政府を誹謗中傷しているという。ぼくはまた怒りをおぼえ、そのため本を購入して読み、容赦なく批判しようと考えた。
 もちろん、このような本は政治的偏向があるため国内では刊行できず、香港や台湾で出版された。周知のとおり、我々の偉大なる祖国では全ての読者が自由に「精神文化製品(書籍)」を読めるわけではない。過去には、特に毒のある有害な書籍や「内部映画」などは、例えば崇高な革命の理想に背いた江青や林彪の一味や、逆に、プロレタリア革命を闘う高級幹部だけがを観る資格があった。「高級知識分子」以上の肩書きを持つ者だけが図書館で『金瓶梅』を借りることができた。これに関して、ぼくは疑問なく心から擁護する。多くの人民大衆の物事を分別して批判できる力量について、党の指導者や組織は安心できないからだ。
 しかし、ぼくは公務員で、幹部の身分だ。それに光栄ある入党予備軍—入党を目指す「積極分子」—で、自ら進んで党組織に近づいている。しかも、ぼくは高級知識人の一人、つまり副研究員(准教授)だ。一般大衆ではなく、「三つの代表」の資格も兼任している。組織はぼくのような者ならきっと信頼する。だからネットで購入した。

(2)

 およそ一カ月余りが過ぎた。ある日、突然、税関駐在郵便局から一通の書留郵便が届いた。「台湾からの郵便物を預かっている。ここに来て、情況を確認してから、税金を補充して入手するか、自主的に放棄するか、返却するか、三つのうちのいずれかを選択しなさい」という内容であった。
 神よ、ぼくは母のおなかを出てから、生涯を通じて公共精神を重んじ、法律を守り、身分証明書、戸籍謄本、結婚証明書を取ることの他は、独裁政治のお役所なんかとつきあうことはなかった。この通知書は、はるか昔、ぼくが子供のころ、故郷の至るところに立てられた「敵のラジオ放送を秘かに聞くことを厳禁する」、「秘かに外国に内通し祖国を裏切ることを厳禁する」というスローガンが書かれた巨大な鉄製の看板を思い起こさせた。神よ、もしかしたら党や政府はぼくを外国のスパイだと思ったのだろうか? この卑小な考えがぼくのあたまにこびりつき、半月もびくびくしていた。そして、ようやく決心がついた。ぼくは生きている時は党と政府の人間であり、死んだら党と政府の鬼になる。ぼくは党と政府の組織を信じる。
 とはいえ、1975年には、一握り(たった500万人)の知識人が党と政府と毛主席を信じたため、一生困窮し、さんざんひどい目にあわされた。でも、毛主席はもうとっくに亡くなっている。
「風肅々(しょうょう)として易水寒し、壮士一たび去って復(また)還らず」だ(秦始皇帝暗殺に向かう荊軻の詩)。
知識人の悪い癖だ。屁のことぐらいで大騒ぎする。

(3)

 次に、税関駐在郵便局での体験を話そう。
 書留郵便の所在地をいくら探しても見つからず、電話をかけた。電話で応対した女性から道順を教えられた。郵便局の6階で、ようやく弁事処にたどりついた。以下は、おばさん風の職員とのやりとりである。
 職員:あんた、さっき電話してきた人でしょ。
 ぼく:はい。
 職員:来なくてもよかったのに。でももう来たんだから、顔をつき合わせて話をしましょ。あんた、ネットで本を買ったわね。
 ぼく:はい。
 職員:内容を知ってる?
 ぼく:いや、それほど。文革期のチベットの写真集くらいしか。
 職員:そうなら、はっきりと話さなければならないわ。この本の内容はとても反動的で、我々は差し押さえたの。あんたに渡すわけにはいかない。なぜ、こんな本を買ったのよ。
 ぼく:今年の3月にチベットで騒乱事件が起きました。党と政府は新聞、雑誌、テレビなどで半世紀以上に及ぶチベットの変革を報道したけれど、この本は我々の報道とはちょっと違うと知って、読みたいと思ったのです。
 職員:なら、もう内容を知ってるじゃないのさ。
 ぼく:ほんの少しだけです。ぼくは高級知識人で、チベット問題を全面的に理解するには歴史は避けられません。まさに台湾が中国の領土の一部だと主張するためには、歴史から話さなければならないのと同じです。それに異なる意見を聞く必要があります。もし、ぼくのような高級知識人が全体情況を理解しなければ、どうやって自分自身を納得させ、どうやって周りの一般大衆を説得するのですか?
 おそらく、この役所でも、長い間、ぼくのような無鉄砲な者は現れなかったのだろう。それで別のおばさん風職員がひまつぶしにやって来た。
 やれやれ。正直に言えば、なんとか楽しいゲームにしようと思った。最悪でも、ぼくの本が差し押さえられるだけだ。そう覚悟した。

 職員:君の所属単位(会社に相当するが社会主義体制の一「単位」としての機能もある)は?
 ぼく:……。ねえ、分かるでしょう。もし、ぼくにやましいところがあれば、こんなに堂々とは来ませんよ。
 職員:(これ以上の尋問で何も出ないと分かった)こうしましょう。
 この本を君に返すわけにはいかない。しかし、君は通信販売で購入したから、私たちの前で頁をめくって、すぐに返して。

 そして、本のある倉庫に行った。ちょうどその時、別の人も「処理命令」を受けていた。それで彼とおしゃべりをした。彼もぼくと同じように台湾から郵送された印刷物を差し押さえられた。彼は台湾から郵便切手の雑誌を50冊購入した。しかし、その中の2冊が禁令に違反した(やれやれ、大変な仕事だ。1冊1冊念入りにチェックするなんて)。その2冊が置かれていたので、ぼくは好奇心からめくった。おもしろい。おもしろい。なるほど。この2冊には、4、5枚ほど蒋介石と蒋経国の肖像画を使った切手が載っていた。
 このとき、おばさん風の職員二人が『殺劫』を持ってきた。もう大局は決していたので、口調は尋問的ではなく、おしゃべりの感じになった。

 職員:この本の著者はもともとチベットの公務員で、外国に逃亡したそうよ。だから、こんなものを出版できたんだ。その動機が不純ね。
 ぼく:(笑って)いや。ウーセルは元『西蔵文学』の編集者で、「看不見的西蔵(目に見えないチベット)」に触れて公職を解かれたけれど、チベットから離れず、そこにいるよ。自分の故郷だから。
 職員:(恥ずかしそうに笑い)ああ。実はみんな知っているのよ。このごろ時局が緊張しているから、君たちだけでなく、他にたくさん台湾から送られた書籍が差し押さえられている。私たちの仕事のプレッシャーはとても大きい。あーあ。と言っても、数十年後はみんな歴史になるわよ。
 ぼく:(意外だった。検閲発禁制度が歴史になるのか、それともこれらの書籍が歴史になるのか真意は分からなかったが、おかしかった)このお兄さんの雑誌は、たった二人の蒋親子の肖像切手があるだけだよ。それに極悪非道の二人はもう歴史になっている。この禁令は理解に苦しむね。
 職員:(これについて何も言わず)君自身のことを話しましょう。一番簡単な方法は、自分から進んで放棄するという声明文を書くことね。それでもうおしまい。

 こうして、ぼくは税関駐在郵便局を出た。

(4)

 以下は、ウーセルから送られた声明文の写真である。携帯電話で撮影したため、ぼんやりしてはっきりと読めないが、大体の意味は以下の通りである。

ウーセルから送られた声明文輸入(輸出)印刷物、AV製品(CD、DVD、ビデオ等)に関する税関手続き通知書
「中華人民共和国税関法」、「中華人民共和国輸入(出)印刷物及びAV製品に関する暫定的措置」、及び関連条令の規定により、身分証明書或いは関連する証明書を持ち弁事処に来なさい。税関で具体的状況に応じて、税金を補充して入手するか、自主的に放棄するか、返却するかの手続きをしなさい。本通知書が届いてから3ヶ月以内に来なければ、自主的放棄の手続きをとります。
 なお、受取人は福州税関駐在郵便局弁事処関連の手続きを行う場合、本通知書と本人の身分証明書のコピーをそれぞれ一部、他人に依頼する場合、本通知書、受取人の身分証明書、依頼された者の身分証明書のコピーを各一部用意すること。
 郵便局住所:郵便番号 550013
       福州華林路○門299号×××室
       福州税関駐在郵便局弁事処AV製品科
 受付時間:8:30ー11:30
      14:30ー16:30
 電話:AV製品科 0591ー8959ー××××
    業務税関ホール 0591ー8708ー××××
        印 福州税関駐在郵便局弁事処
     2008年7月4日

(5)

 こうしてこの件は終わった。ぼくは怒らないし、困惑もしない。しかし、これを認めたら欺瞞になる。
 言うまでもなく、マルクスはかつてこう述べた。
「検閲制度の真の根本的治療はその廃止にある。なぜなら、この制度は悪い制度であり、そして諸制度は人間より強力であるからだ。」(城塚登訳「プロイセンの最新の検閲訓令にたいする見解」、大内兵衛、細川嘉六監訳『マルクス=エンゲルス全集』第1巻、大月書店、1959年、p.27)。
 ぼくはマルクスが言ったことが正しいのかまちがっているのか分からない。
                             

08年11月

コラムニスト
劉 燕子
中国湖南省長沙の人。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在は関西の複数の大学で中国語を教えるかたわら中国語と日本語で執筆活動に取り組む。編著に『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、邦訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』(中国書店)、『中国低層訪談録:インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(集広舎、共訳)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎、監修・解説)、中国語共訳書に『家永三郎自伝』(香港商務印書館)などあり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生与后世?』など多数。
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