パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第82回

ポルトガルの社会的経済の発展には何が必要か
──パブリックコメントの結果から考察する

 ポルトガルには、社会的経済の推進を担当する協同組合として、社会的経済のためのアントニオ・セルジオ協同組合(CASES、カーゼス)が存在しますが、同組合が「成長のエンジンとしての社会的経済の発展支援」国際プロジェクトの一環として行ったパブリックコメントの結果(英語版ポルトガル語版)を発表しましたので、今回はこれを紹介したいと思います。なお、ポルトガルの社会的経済の概要については、以前のこちらの記事もご参考にしてください。

パブリックコメントの報告書(英語版)の表紙パブリックコメントの報告書(英語版)の表紙

 今回のパブリックコメントの募集は、「ポルトガルにおける持続可能で包摂的な発展において社会的経済の役割を強化するため、社会的経済向けの国家戦略の策定の一環として、戦略的優先事項の定義、モニタリングと評価の仕組み、協議のための手段、そしてコミュニケーション計画を策定」の一助となるべく、2025年10月6日から11月30日(原文には31日となっているが、おそらく30日の誤り)まで実施されました。この調査で回答した団体の割合は、民間社会連帯施設(IPSS)が一番多く30.4%となっており、それに次いでNPO(28.9%)、協同組合(9.4%)、ミゼリコルディア(慈善団体、4.5%。ちなみに旧ポルトガル植民地のマカオにも存在し、中国語では仁慈堂と呼ばれている)、財団(3.5%)そして共済組合(2.1%)などとなっています。回答した団体の所在地を県別に調べたところ、リスボンやポルト、コインブラやファロなど都市部の団体のほうが回答する割合が高かったということで、実際以上に都市部の声が強く反映されている結果になっている一方、農村部や離島(ポルトガルは欧州大陸部に加え、モロッコ沖のマデイラ諸島や、本土からはるか西の大西洋上に浮かぶアゾレス諸島も領有している: アゾレス諸島の社会的経済についての記事はこちらで)と言えますが、これは都市部の団体のほうが規模が大きく、このようなアンケートに回答できるほどリソースに余裕がある可能性が高いためだと思われます。

EUにおけるポルトガルの位置(マデイラ諸島とアゾレス諸島も)EUにおけるポルトガルの位置(マデイラ諸島とアゾレス諸島も)
リスボンのミゼリコルディア本部の様子(Wikipediaより)リスボンのミゼリコルディア本部の様子(Wikipediaより)

 これらの団体が活動を行っている分野ですが、圧倒的に多いのが社会的支援(56%)で、次いで医療と教育(どちらも6%)、地域開発(4%)、商業活動と文化・スポーツ・レジャー(どちらも2%)、住宅と環境/持続可能性(どちらも1%)となっています。

 これらの団体が抱える課題として最も大きいのは、やはり財政的持続可能性(80%)や人材の評価および評価(68%)で、政府機関からの認定(35%)、行政手続きや規制(34%)、人口統計学的圧力と新たな社会的ニーズ(32%)、機関間の協力(27%)やデジタル移行(20%)が挙げられています。また、これら団体のニーズとしては、安定し予測可能な資金源(75%)、人事の評価と保持(62%)、政府機関からの認定(41%)、資金源の多様化(38%)、新たな社会的ニーズへの対応(29%)、協力の強化(27%)などとなっています。

 今回のアンケートでは、社会的経済が現在重要な役割を果たしている分野と、将来的に重要な役割を果たすであろう分野についても質問が行われました。現在時点については、社会的アクション(67%)が最も大きく、高齢者関係(63%)、子育て(41%)、医療(35%)、教育・就労支援(29%)や地域開発(21%)が続いている一方、将来における重要性については高齢者関係(57%)が最重要で、社会的アクション(42%)、医療(34%)、ソーシャルイノベーション・デジタル化(31%)そして子育てと環境の持続可能性(どちらも25%)がそれに次ぐものとなっていました。この数字を見ると、特にソーシャルイノベーション・デジタル化と環境の持続可能性については、現在よりも重要度が増すと見積もられていることから、これらの分野が今後の成長分野とみなされていることがわかります。

 また、ポルトガルの社会的経済における戦略分野については、1(重要ではない)から5(最重要)まで5段階評価が行われましたが、そこで最も強調されたのが資金アクセスの改善(4.70)であり、社会的経済部門の強化と認知(4.62)、人材研修の強化(4.60)、ソーシャルイノベーションの促進(4.32)、地方や自治体レベルでの社会的経済の推進(4.25)などが挙げられていましたが、地方に関してはちょっと説明が必要でしょう。ポルトガルの場合、地方や県という単位はあるものの、現在これらの単位は地方自治体としては機能しておらず、ポルトガルの地方自治は市町村、それに市町村のさらに下となる教区(カトリック教会の教区が自治単位にもなっている)で行われているのが実態です(例外として離島であるマデイラ諸島とアゾレス諸島には、それぞれ地方政府が存在します)。現在は、EUの地域統計分類単位に基づいて、欧州大陸部の7地方(北部、中部、西部とテージョ川流域、リスボン都市圏、セトゥバル半島、アレンテージョ、アルガルヴェ)、そしてマデイラ諸島やアゾレス諸島を加えた9地方が認定されていますが、これらの地方が日本の都道府県のような役割を果たしていない一方、市町村だけでは時に狭すぎる場合があることを考えると、後述するフランスのように、地方単位で社会的経済の発展を模索する組織があってもよい気がします。

ポルトガルの地方区分(2024年に改訂されたもの)ポルトガルの地方区分(2024年に改訂されたもの)

 フランスの社会的経済の提言については昨年12月の記事でお届けしましたが、これと比べるとポルトガルの場合、宝くじを原資にさまざまな活動を展開できるミゼリコルディアなど一部の団体を除いて中小の事業体が多くなっており、基本的に地域に根差した事業を行っています。また、フランスやイタリア、スペインには倫理銀行系の事例が存在していますが、ポルトガルには同様の金融機関が存在しません。その関係もあり、連帯経済の事業を立ち上げる場合に資金を借り受けにくいことで、資金繰りに苦労している状況が垣間見えます(行政からの補助金頼りの苦しい実情がある)。ただ、ポルトガルも2023年以降外国人が急増し(人口1000万人強の国で、2017年から2024年のわずか7年間で外国人人口が42万人から154万人以上にまで急増)、ことばの壁のある国からの移民も増えていることから、今後は彼ら移民向けの社会的アクションの充実も求められると言えます。

 他にもポルトガルの特徴として、スペインと比べると労働者協同組合(労協)が少なく、協同組合セクターの中核を担うのが農協や消費者生協、信用組合や住宅協同組合、そして社会的連帯協同組合(社会的企業的な協同組合)であるということが挙げられます。ポルトガルもスペイン同様、協同組合全体を管轄する協同組合法が存在し、ポルトガル法(ポルトガル語の原文英語訳)は一般法(英語のactやlaw)ではなく法典(英語のcode)で、民法や商法、刑法などと同じ扱いになっていますが、スペイン法と異なり各種協同組合に関する具体的な規定はなく(スペイン法では、労協や農協、消費者生協など協同組合の種別ごとの規定が存在する)、このため労働者兼共同出資者という労協組合員の特性が法的にきちんと認識されておらず、起業の際に労協という法人形態を採用するメリットが薄くなっているという問題があります。

 また現在、ポルトガルの社会的経済は、かなり困難な時期を迎えています。ポルトガル政府がCASESへの支援を打ち切るという内閣決議が今年の2月3日に発表され、その存続が危機にさらされています。その後アントニオ・ジョゼ・セグロ新大統領が3月9日に就任したことで、大統領が首相に対してこの決議を翻意を要請してもらうよう、CASESや社会的経済関係者が4月現在も必死の努力を続けているところですが(ポルトガルの大統領は、ドイツやイタリアなどの大統領と同じく、どちらかというと立憲君主国の国王に近い存在で、政治的実権はあまりない)、今後の情勢はまだ不透明なままです。ポルトガルはスペイン、エクアドルとメキシコに次いで4番目に社会的経済法を制定した国であり、協同組合に対して非常に理解の深い憲法(ポルトガル共和国憲法の英訳版はこちらで)を有していますが、そのような国において社会的経済の維持や発展においてCASESのような組織は不可欠であることから、ポルトガル政府には私としても、前述の決議を撤回してもらいたいと思う次第です。

 ポルトガルについては、フランスやイタリア、スペインなどと比べて日本ではあまり知られていない現状があることから、今回はそのような解説も加えた記事にしてみました。皆さんのご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。