玄洋社を究めるための資料ガイド

第06回

アジア英雄伝

書名:アジア英雄伝
著者:坪内隆彦
発行:展転社(平成20年)

身命を賭して欧米の植民地支配から起ちあがったアジアの英雄たち

金玉均(東京・青山霊園)金玉均(東京・青山霊園)

 昭和20年(1945)の大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦後、日本は、アメリカ主導の政治経済ブロックの構成員に組み込まれた。以後、「対米従属」「日米同盟」などという言葉が誕生し、安全保障も含めてアメリカに追従しておけば安泰だった。その結果、いまだ沖縄県における主権は完全に日本のものであるとは断言できない。そもそも「日米同盟」というものは対等の立場で語られるものだが、果たしてどうだろうか。更に、「日米同盟」と口にする割にはアメリカ建国史も含め、日本人の知識は脆弱だ。永遠にアメリカという国家が存続する保障は無いだけに、日本は国家としての自立を常に考えておかねばならない。そんなとき、アジアの自立を求めて起ちあがった英雄たちの話は感動を覚える。その英雄たちを玄洋社の面々が支援したということも知っておきたい。

ビハリ・ボース(東京・多磨霊園)ビハリ・ボース(東京・多磨霊園)

 嘉永6年(1853)、日本侵略の先兵としてアメリカのペリー艦隊が来航。欧州諸国も隙あらば日本獲得を狙っていた。その欧米と新興国アメリカとの微妙なパワーバランスから、日本は独立を維持することができた。その日本に、アジアの志士たちが独立のための支援を求めて来日し、玄洋社の面々が対応した。

 しかし、日本に亡命してきた朝鮮開化党の金玉均を庇護したにも関わらず、現代の韓国では、朝鮮の植民地支配を推進した玄洋社として誤解され、今日に至っている。それこそ、「無知、誤解」からくるのだが、朝鮮だけではなくアジア全域にわたって玄洋社の面々が志士を支援したという実績を知らないことから「侵略者」と批判される。その根底には日本人がGHQ(連合国軍総司令部)によって贖罪意識を植え付けられているからだが、「臭い物には蓋」として玄洋社の真実を知ろうとはしない。

 本書には25名の代表的なアジアの英雄たちが紹介されているが、いずれも現代日本の人々に認知されているとは言いがたい。下記に25名の氏名、国籍を記しているが、僅かに知っているのは歴史教科書で教えられた孫文、ガンジー、スカルノくらいだろうか。インドのビハリ・ボースなどは日本女性と結婚し帰化。東京の「新宿中村屋」にインドカリーを伝えたインド人程度にしか認知されていないのではと懸念する。

 余談ながら、このビハリ・ボース直伝のインドカリーを福岡県に伝えたのは、中村学園創立者の中村ハルだ。門外不出のレシピを頭山満のコネで引き出したのだが、今も「ハルさんカレー」として学園関係者に親しまれている。

スカルノ碑(東京・青松寺)スカルノ碑(東京・青松寺)

 さて、筆者はこれらアジアの英雄たちと日本の志士たちとの関係性を確認するため、東京・青山霊園の金玉均の墓碑、孫文の記念碑、ビハリ・ボースの墓所、スカルノ碑などを巡った。それは拙著『霊園から見た近代日本』『東京の片隅からみた近代日本』など、一連の著作に記していったが、現代日本での関心の低さに慨嘆したものだった。それは「アジアの玄関口」を自認する福岡県においても、「なぜ」福岡県がアジアの玄関口なのかを地元民が理解できていないことに落胆したことを覚えている。

 あの大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦から80年。一強を誇ったアメリカにも陰りが見え始めた昨今、今後、日本はいかにして世界に存立できるのか。その考察のためにも、アジアの独立運動に玄洋社の人々が命を懸けたことを知って欲しい。GHQという占領軍によって作られた歴史を信じるか、アジアの解放という事実があったことを知るべきか。日本人はその岐路に来ている。事実確認として本書を利用していただきたい。

本書記載の志士たち

金玉均(朝鮮)、康有為(中国)、アンドレス・ボニファシオ(フィリピン)、アナガーリカ・ダルマパーラ(スリランカ)、アルテミオ・リカルテ(フィリピン)、孫文(中国)、李容九(朝鮮)、マハトマ・ガンジー(インド)、オーロビンド・ゴーシュ(インド)、ムハマンド・イクバール(パキスタン)、ウ・オッタマ(ビルマ)、クォン・デ(ベトナム)、宋教仁(中国)、ビハリ・ボース(インド)、マヘンドラ・プラタップ(インド)、マハンマド・クルバンガリー(トルコ系ロシア)、ベニグノ・ラモス(フィリピン)、チャンドラ・ボース(インド)、ビブーン・ソンクラーム(タイ)、スカルノ(インドネシア)、モハマッド・ハッタ(インドネシア)、アウン・サン(ビルマ)、スハルト(インドネシア)、マハティール・ビン・モハマド(マレーシア)、ラジャー・ダト・ノンチック(マレーシア)

 *蛇足ながら、すでに書評として発表したものを下記に添付します。

日本の使命を再確認するための必読書

 本書を手にした理由は、インドネシア建国の父、スカルノを知りたかったからだ。近現代史ではスカルノは容共主義者の左翼系大統領と見られる。しかし、物質や契約によって社会を構成する欧米には理解が及ばない相互扶助の思想をスカルノは実現しようとしていた。イスラム教徒が多くを占めるインドネシアではヒンドゥー教の影響も否定できない。アジアの思想には相互扶助が根底にある。スカルノは「多様性の中の統一」という理念も掲げていたが、これも多民族国家インドネシアならではの考えである。
 驚くのは、イギリスのマクミラン首相とアメリカのケネディ大統領がM16やCIAという諜報機関を使ってスカルノ追い落としを画策していたことである。およそ4世紀に亘って欧州の国々はアジア、アフリカ諸国を植民地として収奪していたが、欧米が再び植民地支配を計画していたことに驚く。さすれば、現代においてもアメリカが金融商品で世界経済を揺さぶり、石油資源を始めとするエネルギーで世界を翻弄するのも帝国主義の発露と見るしかない。
 いまや植民地という言葉も死語に等しい。しかし、75年ほど前、アジア諸国の多くは欧米列強の植民地だった。搾取と虐殺が横行するアジアにおいて、この欧米から独立を勝ち取ろうと立ち上がった人々を紹介したのが本書になる。独立のために立ち上がった英雄たちが列挙されているが、初めて知る名前も有り、いかに日本の戦後史が欧米によって弾圧されているかを認識するものでもあった。更に、本書には、アジア諸国の独立を支援した玄洋社の動きを見て取る事ができる。戦後の歴史では軍部の手先として朝鮮半島、中国大陸の侵略を押し進める協力団体としか目にしない。戦後に論陣を張った歴史学者たちは、いったい、何をどのように理解し、国民に伝えてきたのだろうか。
 このアジアの英雄たちのなかで、特に、マレーシアのマハティール元首相の章は必読。マハティール元首相の日本に対する熱い期待と言葉を現代の日本人はどのように受け止めるだろうか。経済発展を遂げ、物質的には恵まれた国になった日本。しかし、その将来を描き切れていない。人は食だけでなく、精神も伴わなければ人として存立できない。日本という国家も物質だけでなく歴史という精神を伴わなければならない。真の独立国家として、かつてのアジア諸国が独立を求めて立ち上がったように、歴史を取り返さなければならない。
 大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦後、日本はアメリカに隷属することで未来永劫の安住を得たような気になっている。しかしながら、精神が植民地の民になり下がっていることに気が付かなければならない。本書は、そう警鐘を鳴らす内容である。
 尚、ベトナム独立運動に王族のクォン・デが立ち上がり、それを玄洋社、黒龍会が支援した事を日本人は記憶に留めるべきと考える。

コラムニスト
浦辺登
歴史作家・書評家。福岡県筑紫野市生まれ。東福岡高等学校卒業。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌への投稿を行なうが、卒業後もサラリーマン生活の傍ら投稿を続ける。近年はインターネットサイトの書評投稿に注力しているが、オンライン書店ビーケーワンでは「書評の鉄人」の称号を得る。「九州ラーメン研究会」のメンバーとして首都圏のラーメン文化を研究中。地元福岡で学習会を主宰し、オンラインでも歴史講座を行い、要請があれば各地で講演を行っている。